The Long Wait

羽を射て石を飲む

Brexit: EU離脱投票でイギリスはどこへ行くのか?

いわゆる「Brexit」をめぐる英国の国民投票で離脱派が多数を占めることが確定して数週間が経過した。イギリスの政治は明らかに混乱している─離脱派の政治家たちは実際に離脱派が勝ったことを寧ろ残念がっているようだ(UKIP党首ナイジェル・ファラージは職を辞したし、元ロンドン市長ボリス・ジョンソンは現首相キャメロンの後釜を選ぶ選挙に立候補しなかった)し、残留派の保守党も労働党も完全に混乱に陥っている(保守党党首かつ現首相デイビッド・キャメロンは辞職を表明し、労働党党首ジェレミー・コービンは議員たちから不信任投票を行われた)。スコットランドは再度独立投票を行う可能性を示唆しているし、ロンドンも独立に向けたペティションが行われている。1ポンドの価値は160円台から130円台にまで急落したし、ポンドの格付け自体も最高であるAAAから落ちることとなった。

その中で政治的に興味深い動きがひとつあるとすれば、Constitution Reform Group であろう。CRGは超党派の団体で、現在の中央集権的な連合王国を解体し、イギリスを複数の地域からなる連邦的国家を作りなおすことを提案している。スコットランド、北アイルランド、ウェールズ、そして勿論イングランドはそれぞれ主権を持ち、議会を持ち、そしてその上で政治、外交、国防と経済に関する主要な制度を共有することになる。具体的には、軍隊や通貨、外交員、所得税、官庁などの基礎的な制度的インフラ郡である。これが実現すれば、連合王国を構成するそれぞれのネーションは、今よりも遥かに自由に自らを治めることができる。

実際これは良い提案だと思うが、これで(例えば)イングランドのみが欧州連合を離脱し、スコットランドは残留するといったようなことが可能かどうかは正直微妙であると思う。そもそも欧州連合の側がそういったメンバーシップのあり方を認めるかどうかは不明瞭であるし、仮にそうなった場合、スコットランドとイングランドの間に国境管理所ができることになれば、相当異様な事態である。勿論イギリスの市民権を持っているものは移動することができたとしても、管理があること自体がある程度移動の自由を阻害する。通貨についても、その政策がどの程度欧州によって影響されるのかがわからない。

以下、FAQに対するまとめ。

Q. 三行で今までの経緯をまとめてくれ

グレートブリテン及び北アイルランド連合王国(通称イギリス)は、欧州連合を離脱するか否かを問う国民投票を6月23日に実施した。結果は 52% 離脱 (1741万票) – 48% 残留 (1614万票) となり、離脱が多数派。投票率は 72% だった。首都であるロンドン、スコットランド、北アイルランドでは残留が多数派であった一方、イングランドとウェールズのほとんどでは離脱派が多数であった。

Q. これで英国の欧州連合離脱が確定したのか

否。厳密に言えば、英国の欧州連合離脱がまだ確定したわけではない。英国は議会主権主義であり、この国民投票の結果に厳格な法的拘束力はない。だから、庶民院が正式に欧州連合離脱を決議するまでは、欧州連合離脱のプロセスを始める法的な必然性はないのである。だが、政治的には、国民はその意思を示したのであって、それを無視することは難しいだろう。

Q. どうして離脱派が勝ったのか?

一概に原因を特定することは難しいが、大きな原因は、普段労働党に投票している労働者階級の人々が離脱に票を投じたことであろう。労働党の議員たちは基本的に皆残留派であったが、例えば伝統的に労働党が強いはずのウェールズや、北イングランドなどでは圧倒的に離脱派が多数であった。

ある労働者は、「カネがあるやつは残留派、カネがないやつは離脱派」と言ったという。ステレオティピカルな言説だが、移民労働者によって職が奪われているという確信が多くの労働者階級の人々にはあるようだ─それが真実かどうかは別として。

また、40代以下は残留を支持する一方で、50代以上の人々は離脱支持派が大多数であり、また後者の人々のほうが投票率が高い、ということも一員であろう。階級間だけではなく、世代間でも対立があったということである。

Q. そもそもどうして国民投票を実施したのか?

保守党の内部的な政治の結果である。伝統的に英国においては欧州懐疑派と呼ばれる人々がそれなりに強く、そういった人々、及びまた欧州懐疑派による政党である英国独立党(UKIP)支持者などから信任を得るための手段としてキャメロンは国民投票を使ったといえるという認識だ。勿論彼は当初本当に離脱派が多数を占めるとは思っていなかっただろう。

ところで日本の参院選は与党の大勝に終わったようである。それぞれの政党のマニフェストを読んでいても、もはや我々には自ら立党する道しかないのではないか、とわたしは思うし、実際、ありうるマニフェストを作ってみても良いかもしれない。

議論の作法

インターネット上で記事を読んでいたり、あるいは仕事の場でディスカッションをしていると、議論を行う際、きちんと手続きを踏んでいないために、そもそも議論として成立しない、ということがしばしばあるように見受けられる。よって、自らに対する覚書の意味も含めて、議論を建設的に行うための作法を書き残しておく。

1. 何について議論しているのかを明確にする

建設的な議論を行うためには、概念の明確化が必要である。しばしば起こるのは、何について議論しているのかを明確に共有していないがために、ある人はりんごについて話していると思っていたところ、別の人はフルーツ一般について話していると思っており、またある人は特定のりんごの品種について話していると思っている、といったような食い違いが発生しうる。これはまだ概念の粒度の差異であるからまだ良いが、場合によってはひどい勘違いの末、ある人がりんごについて話していると思っている時に、別の人は赤い風船について話していると思っている、ということすらありうる。

2. 何を目的として議論をしているのかを明確にする

目的なき議論は不毛である。もちろん、そういった議論のための議論を行うことが楽しい場合もある。しかしその場合は、「不毛な議論をして楽しむ」ことがこの議論の目的である、ということが共有されていなければならない。通常であれば、例えばあるアクションを取るか否かということ(このプロダクトをローンチするかどうか、どの政党に投票するべきか、どこに旅行に行くべきか…つまり選択肢乙と選択肢甲のどちらを選ぶべきか)を決定するということが議論の目的となるだろう。

3. ある立場がどのような視点を持っているかを明確にする

ある視点からは選択肢乙を選ぶべきという結論が出てくる一方で、ある視点からは選択肢甲を選ぶべきという結論が出てくるということは十分にありうることである。例えばコストパフォーマンスのよいリラックスできる旅行をしたいから近場の温泉に行こう、という選択がありうる一方で、贅沢に羽目をはずす旅行がしたいから海外のカジノに行こう、という選択もありうる。ここで重要なのは、どのような視点で、どのような選好に基づいてある選択肢がよいと言っているのか、を明確にすることである。そうすると結局、どちらの視点がより重要なのか、すなわち、コスパと贅沢さのどちらがより優先されるべきなのか、という議論である、ということに気づくことができる。

4. 結語

世界は複雑である。又人間社会は更に複雑怪奇である。吾々はそれを認識し、常に結果的に最善となりうる選択を取ることが実質的に不可能であることを認めた上で、なお、結果的に最善となりうる選択を取る確率をできるだけ上げるためにどのような手段を尽くすべきか、ということを考えなくてはならない。議論はそのために非常に重要なツールである。きちんとした手続きを踏んだ上で建設的な議論を行うことによって、少しでも世界をよりよい場所にすることができるだろう。健闘を祈る。

メディアクリエイターとかどうでもいいから学生は本を読め

わたしは学生でもおっさんでもブロガーでももちろんメディアクリエイターでもない存在であってこのブログもはてなのインフラ上には存在しないから特にこの件についてコメントする立場に本来であればないのだが、少し前まで学生であって、かつネット上で定期的に文章を書いている人間として、少し思うところがあったので書く。コンテクストは以下のリンクをたどるべし。

学生であるということは尊い。それはすなわち社会的負荷を負うことのない純粋な個人として活動や思索を行うことができるということであり、社会的関係性の網の目の中にとらわれることなく、理性の公共的な使用を積極的に行うことが認められているということである。

社会人であるということはすなわち、総体的な貸し借りの関係性の中に入っていくということである。社会人になるということはそのまま誰かに借りを作るということであって、まずはそれによって発生する利子を返しながら、余裕ができたら人に貸しを作るということでもある。一度借りを作った相手に対しては、厳密に言えば、完全にその借りをなかったことにするということはできない。それが人間社会における関係性というものである。社会的自己とは自己が形成した関係性の総体である。そこでは理性の私的な使用しか認められないだろう。

だから学生の間に何かを書くということ、あるいは自己の思考を言語化する修練を積むということ、あるいは理性の使用を訓練するということは重要なことである。ネット上で何かを書くということに対しては様々なインセンティブがあり得る─金銭的なもののために書くひとがいれば、自己を救うために書くひともいるだろう。始める際の目的はどのようなものであっても良いと思う。それを行っている人間をブロガーと呼ぼうがメディアクリエイターと呼ぼうが構わない。ただ、自己の思考に対して、自分が書いた言葉に対して責任をもつこと、それを批判的に捉える視点を常に意識することができていればよい。

そしてより重要な事は、インプットを行う時間をきちんと取る、ということだ。自ら良質なアウトプットを行うためには、良質なインプットを行う必要がある。自己の思想のフレームワークを拡張するためには、よく理解できないものでも飲み込もうとしてみなくてはならない。きちんと咀嚼しないで飲み込むと腹痛を起こすかもしれないし、あるいは今まで自分が考えていたことが誤謬だったことに気づき混乱するかもしれないが、そういった過程を経て初めて、思索というものは強度を持ちうるのだ。

だから学生は本を読め。文学でも哲学でもいい。読書はいいぞ。

タイトルは釣りだ。すまない。このエントリはだいたい30分位で書いた。

ベネディクト・アンダーソンが死んだ

人類学者、ベネディクト・アンダーソンが死んだ。インドネシア滞在中、ホテルでの死だったという。79歳だった。

アンダーソンとその著作『想像の共同体』については、このブログでも幾度か書いた。わたしの学術的生において、彼の著作は常にインスピレーションの源であった。ひとつは、しばしば見られる誤解についての記事。すなわち、アンダーソンはネーションの「想像のされ方」によってその特異性を描き出そうとしたが、「想像されたものだからフィクションにすぎない」という主張として通俗的に理解されてしまう場合がある。また、彼は必ずしもナショナリズムに対して必ずしも否定的なポジションを取っているわけではなかったが、そのようなものとして利用されてしまった。

吾々は単にナショナリズムを蒙昧として無視することなどできない。単にその虚構性を指摘するだけではそれが現に持っている現実的な諸力を無効化することにはならない。ネーションは近代国家を支える四本の足なのであり、それが提供する神話によって人々は団結されている─物語以外を通じて人々が団結することはできないのだ。

だから吾々は、日本についての語りをはじめなければならない─この点は、「日本について」という記事でも一度書いた。パルタ・チャタジーがインドで取った戦略を適用することはこの島国においては不可能だが、某かのオルタナティブな戦略を考えださなければならない。

ただ、現在は、冥福を祈るのみである。

十年

2015年が終わる。来年は2016年になる。父が死んでからちょうど10年が経つ。

父は2006年の2月13日にタンクローリーに圧し潰されて死んだ。一人でスキーに行く最中だった。最後の言葉も、死の受容のためのプロセスもない、あっけない死だった。彼は53歳で、わたしは18歳だった。

それからというもの、ずっとメソメソして生きてきたと思う。

父の死から逃げるようにして何かに没入し、あるいは自らその代理として振る舞い、あるいはただ嘆き悲しんで喪に服した。

わたしは随分と父を愛していたのだ。

けれどもそろそろ─いいかげんに?─喪を明かす頃かもしれない、と思う。

父は死んだ。彼はもうあのスキー場から帰ってこない。わたしは生きていかなくてはならない。しばらく留守にしていたけれど、わたしは、わたしへと帰ってこなくてはならないのだ。

そのためにわたしは、自己に関する問いを立てねばならない─わたしはどういう人間なのか?何を望み、何を必要するのか?

いや、答えは既に明確であるかもしれない。わたしはより多くを理解することを望む。一つでも多くのことを、少しでも詳細に。理解可能性を開き、横糸を繋いでいく作業を。

そしてできることなら、少しでもいいから、善を為したいと思う。

アウン・サン・スー・チー氏は独裁者になったのか?

2015-11-12 09:40 UTC: しばしば見られる誤解にたいして答えを追記した。

ミャンマーでの総選挙が終了するに伴い、スー・チー氏「私が全て決定」 新大統領に「権限なし」 – 47NEWS(よんななニュース) と言う記事が注目を集めている。以下のような報道である。

【ヤンゴン共同】ミャンマーの次期政権を主導する見通しとなった野党、国民民主連盟(NLD)の党首アウン・サン・スー・チー氏(70)は10日、外国メディアとのインタビューで、次期大統領は何の権限もないと明言。自身の大統領就任を禁じた憲法規定に合わせるために任命されるにすぎないとして「私が全てを決定する」と強調した。
国家元首の大統領ではなく、自身への権力集中にこだわる姿勢は、「権威主義」や「違憲」との批判を招く恐れもある。
選挙管理委員会は11日、下院選に立候補していたスー・チー氏の当選を発表した。

これを受けて、「アウン・サン・スー・チーも独裁者になったのか」という声が聞こえるが、そう判断するのは少し早計であろう。なぜなら、それなりに公正に運用された民主的選挙で選ばれた政党の党首であるアウン・サン・スー・チーが大統領になれないことが、そもそもおかしいからだ。

アウン・サン・スー・チー氏が率いる National League for Democracy (国民民主連盟) はほぼ全議席を獲得したが、以下に引用するミャンマー憲法第59条6項によって、アウン・サン・スー・チー氏を大統領として選出することが憲法上できなくなっている。

第59条 大統領及び副大統領の要件を以下のとおりとする。

(1) 国家と国民に対して忠誠心を有する者でなければならない。
(2) 本人及びその両親がミャンマーの主権が及ぶ領土内で出生した土着民族であるミャンマー国民でなければならない。
(3) 選出されるべき人物は最低45歳以上でなければならない。
(4) 国家事項である政治、行政、経済、軍事等に関する見識を有する人物でなければならない。
(5) 大統領は、選出された時までに最低20年間継続して我が国に居住していた人物でなければならない。
(例外) 国家の許可の下で正式に外国に居住した期間は、我が国に居住したものとして計算する。
(6) 本人、両親、配偶者、子供とその配偶者のいずれかが外国政府から恩恵を受けている者、もしくは外国政府の影響下にある者、もしくは外国国民であってはならず、 また、外国国民、外国政府の影響下にある者と同等の権利や恩恵を享受することを 認められた者であってはならない
(7) 国会選挙における被選挙権として定められた要件に加え、大統領として別途規定する 要件を満たしていなければならない。

これは2008年の憲法改正によって付け加えられた条項であり、事実上アウン・サン・スー・チー氏を大統領に選出することを防ぐために導入されたものである。アウン・サン・スー・チー氏の英国人夫は既に1999年に死去しているが、子供がイギリス国籍を保有しているためにこの条項に抵触する。大統領の選出は国軍出身議員も含まれる大統領選出委員会によってなされるため、そこも一つの障害になりうるが、まずはこの条項をなんとかしなければアウン・サン・スー・チー大統領の実現は不可能である。

つまり、憲法を改正しなければならないのだが、これが非常に難しい。なぜか。今年の6月の失敗事例を見ると、より明らかになる。

ミャンマー国会が憲法改正案を否決 「スー・チー大統領」極めて困難に

【ヤンゴン=吉村英輝】ミャンマー国会は25日、与党が提出した憲法改正案の大部分を反対多数で否決した…軍系の与党、連邦団結発展党(USDP)の改憲案は、スー・チー氏のように外国籍の子供がいる人物の大統領就任を禁じる条項が引き続き含まれていた。一方で、憲法改正に必要な賛成議員の数を現行の「定数の75%超」から「70%以上」に引き下げる項目が盛り込まれた。このため定数の4分の1が割り当てられている軍人議員から、NLDが政権を握った場合、改憲を阻止できなくなるとして反対が表明されていた。

これがポイントである。憲法改正を行うためには、議会の75%の賛成を得る必要がある。しかし、議会両院において、定数のうち25%が自動的に憲法上軍人議員にあてがわれる制度になっているのである。

第436条
(1) 憲法の第1章の第1条から第48条まで、第2章の第49条から第56条まで、第3章の第59条及び第60条、第4章の第74条、第109条、第141条及び第161 条、第5章の第200条、第201条、第248条及び第276条、第6章の第293 条、第294条、第305条、第314条及び第320条、第11章の第410条から 第432条まで、第12章の第436条にある規定を改正する場合、連邦議会議員総数の75%を上回る賛成を得た後、国民投票において有権者の過半数の票を得なければならない
(2) 本条(1)項に定める条文以外の条文の憲法改正については、連邦議会議員総数の75%を上回る賛成を得なければならない。

人民院の構成 第109条
人民院の定数は最大440名とし、次のとおり構成する。
(1) 郡及び人口に基づき選出された議員最大330名
(2) 国軍司令官が法律に従い指名した軍人議員最大110名

民族院の構成 第141条
民族院の定数は最大224名とし、次のとおり構成する。
(1) 各自治地区、自治地域それぞれから選出された各 1 名の議員を含む、各管区域・州よりそれぞれ12名ずつ選出された議員168名。
(2) 国軍司令官が法律に従い、関連する連邦直轄区域を含む各管区域・州よりそれぞれ4名ずつ指名した軍人議員56名。
(3) 本条(1)項及び(2)項に規定するとおりに民族院を構成するに当たっては、関連する連邦直轄区域は、この憲法が定めた連邦直轄区域であれ、連邦議会が法律を制定して 新たに定める連邦直轄区域であれ、当該連邦直轄区域が属する州もしくは管区、又は、管区 域もしくは州の中に含まれているものとし、民族院議員を選出する。

国軍はこの憲法改正を行う際、アウン・サン・スー・チー氏が権力を握り改正を行うことが最大限難しくなるように制度を設計したとみられる。(全くクソみたいな話だが)このような状況において、制度の枠組みの中で政権運営を行うためには、大統領は別に立てたうえで、実際の決定はアウン・サン・スー・チー氏が行っていくということが必要になってくるのである─国民はアウン・サン・スー・チー氏に国政を任せることを民主的な選挙において表明したのだから。それは独裁とは異なるようにわたしには思われる。

追記: ファーガル・キーン氏 (K) によるアウン・サン・スー・チー氏 (A) BBCインタビューからの抜粋。

K: 国軍が制定した憲法下では、あなたは大統領になることができませんが、先日あなたは、大統領の上に立つということを言いました。それはどういう意味でしょうか。

A: わたしがすべての決定を行う、ということです。第69条f項を満たす大統領を立てることが必要だとおっしゃるなら、わたしはそうしましょう。けれどもだからといって、わたしが、政権党の党首として、すべての決定を行うことをやめるわけではありません。

K: それは将軍たちを少しナーバスにさせるのではありませんか。

A: わたしは透明性 transparency と説明責任 accountability がよい政府の根本であるということを信じています。そしてそのようなよい政府を持つことを、ミャンマーの人々は数十年に渡り禁じられてきました。

K: では、あなたは、実質的に大統領となる、ということですね─称号を覗いては。

追記: しばしば見られる誤解にたいして答えを提供する。 (2015-11-12 09:40 UTC)

Q: これは院政ではないのか。

A: 異なる。院政とは、既に制度上引退した政治的指導者が現在の制度上の政治的指導者に対して優越し引き続き実権を保持することだといえるが、アウン・サン・スー・チー氏はそもそも一度も制度上政治的指導者になっておらず、また形式的にも実質的にも引退していない

Q: これは憲法を無視しているのではないのか。

A: 異なる。憲法を無視するのであれば、上記の第59条6項を無視して大統領になればよい。そうしないのは、憲法を無視しているわけではないからだ。しいて言うならば、これは第58条の規定「大統領は、ミャンマー連邦全土に居住するミャンマー国民全員の頂点に位置する」に反しているということはできよう。しかし、この「頂点に位置する」という規定が具体的に何を意味するのかを問うことは難しい。

Q: どちらにせよこれは独裁ではないのか。

A: 独裁の定義によるが、アウン・サン・スー・チー氏に与えられた権限は憲法によって大統領に与えられたそれを上回るものではない。彼女はあくまで、民主的選挙によって選ばれた政権党党首として政治に対して影響力を行使すると言っているのであって、それが独裁だと言うのであれば、アメリカ大統領でさえ独裁者となるであろう。

サルは搾取されているのか?

タイのココナツ産業ではサルが奴隷的労働を強いられているという報道が見られる。わたしは実際にフィールドワークを行ったわけではないので一次的な観察はできていないが、ハワイ大学の人類学教授、レスリー・スポンセルの意見を載せておこうと思う。スポンセルは実際にタイ南部で人類学的フィールドワークを行っており、サルと人間の間の関係性に関して論文を出しているようだ:

2002 “Monkey Business? The Conservation Implications of Macaque Ethnoprimatology in Southern Thailand,” (with Nukul Ruttanadakul and Poranee Natadecha-Sponsel) Primates Face to Face: The Conservation Implications of Human-Nonhuman Primate Interconnections, Agustin Fuentes and Linda Wolfe, eds., New York, NY: Cambridge University Press, pp. 288-309.

2004 “Coconut-Picking Macaques in Southern Thailand: Economic, Cultural and Ecological Aspects” (with Poranee Natadecha-Sponsel and Nukul Ruttanadakul) Wildlife in Asia: Cultural Perspectives, John Knight, ed. New York, NY: Routledge/Curzon, pp. 112-128.

スポンセルは、NPRの取材に応じてこう語っている:「わたしたちがタイ南部にいた間、サルに対する虐待や搾取を目にすることは一度もありませんでした。サルはペットに非常に近いもので、幾つかの家では既に家族の一員とまでなっていました。若い猿は訓練され、首輪がつけられ、仕事をしていない時はシェルターに入れられます。彼らは餌と水を与えられ、風呂に入れられ、毛並みを整えられるなど、様々なケアを施されます。ココナツのプランテーションでは、しばしばモーターバイクやカートの後ろに座っているのが見られます。もちろんこれは虐待が全く無いということではありませんが、わたしは家族を助け、生き延びようとする貧しい農民たちを尊敬しています。」

よく訓練されたサルは、1日に平均して1000個のココナツを拾うことができるという。聞いた話だが人間は80個らしいので、労働効率は大きく違うようだ。

原文は What’s Funny About The Business Of Monkeys Picking Coconuts? – NPR で読むことができる。

Google Compute Engine 上で WordPress インスタンスを走らせる

このブログはもともとさくらのレンサバ上で動かしていたのだが、小さなブログひとつのためにレンタルサーバーを維持するのはオーバーキルだなという感じがしてきたので Google Compute Engine に移してみた。

移行は容易であった。cloud.google.com から自分のダッシュボードへ行き、Cloud Launcher から Bitnami の提供する WordPress パッケージを選ぶだけ。あとは古い WordPress からデータを移行して、ドメイン名からのひも付けを再設定すれば終了だ。

今のところ3日間利用して $0.5 しか課金が発生していない。ステマになってしまうが素晴らしいサービスである。

倫理について

「現実」というものは、そもそも、本来的には非-倫理的なものであって、それによって束縛されるということがない。

しかしながら、「だから、倫理というものは真剣に学として考える必要がないものだ」、という主張は誤りである。人間がこの「現実」と関わり、それを理解するためには、行動のフレームワークとしての倫理が必要なのである。何をなし、何をなすべきか、あるいは何をなすべきでないか、何をなさないか、それを決定するのは唯一倫理のみなのであるから。

民主主義的プロセスについて

安保法案をめぐる与党の動きに関して、民主主義とはなんぞや、という問が散見されるので、覚書を残しておく。

民主主義は、それ自身が運動でありプロセスであるということにおいて他の政治形態とは異なる。それはいわば「過程の哲学」の上に成立しているのである。

例えば多数決について、仮に数が多ければ多いほどよいという考え方のみに立てば、全員一致が一番よいということになる─伝統的な閉じた共同体というものは基本的には全員一致をよしとするものである。その中においてはひとつの価値のみが共有されており、それを共有しないものは村八分にされることによって全員一致が保たれることになる。

しかしながら、近代的な民主主義における多数決はこれとは異なる。そこでは、異なった意見が存在することが積極的価値として見出されているのである。様々な意見が存在することが当たり前であって、それがないことはかえっておかしいという考え方に立てば、全員一致はむしろ異常事態である。ここで初めて、少数意見に対する寛容の精神が重要視されるようになる。

民主主義的な多数決においては、多数と少数との議論によるプロセスそのものが重要なのであって、単に投票の結果だけが重要なのではない。この点こそが、伝統的な共同体における全員一致と、近代的な民主主義というものを分かっている。政治は単に「勝ち負け」によってのみ成立するものではないのである。

ある自民党の政治家は、「選挙に勝った以上、国民は政治というものを政治家に任せていただきたい。野党と話し合いということは基本的にしない。選挙に勝って国民の審判が下ったのだから、政治に関しては与党の思うとおりに動かしていく」という旨の主張をした。これは「勝ち負け」で政治を判断してしまう悪しき例である。政治は、残念ながら、スポーツではない。

悪法が通った、盛んに反対したけれども結局通ってしまった、通ってしまったら終わりである、という考え方は、多くの人間によって共有されているように見られるが、これも勝ち負けで政治を判断しており、誤りであると言わざるをえない。悪法が通ったのならば、それが少しでも悪く適用されないように、尚努力をする、終局的には撤廃されるように努力をする、ということをしなくてはならない。しばしば、いわゆる「文化人」などは、いくら反対しても通ってしまうのだから、反対しても意味は無い、といったことをいう。けれども、ある方が望ましくないというとき、その反対する力が強ければ強いほど、そのほうが成立する過程において抵抗が強ければ強いほど、できた方の運用をする当局者は慎重にならざるを得ない。たとえば秘密保護法などはあまりよい法律ではない、とわたしは思う。この法制についても、ワーワー反対して騒いだけれども現実にはあまり適用されていないではないか、という人がいる。けれども実際は、あれだけ反対があったからこそ、うっかり適用できない、というほうが現実に近いであろう。投票の結果において通るか通らないかということは、政治過程における一つのファクターであるけれども、すべてのファクターではない。負けちゃったじゃないか、いくらやってもだめじゃないか、という発想には、反省されるべき勝負思想というものが非常に大きく働いているのである。

さて、碩学な読者は既にお気付きの通り、上の文章は丸山眞男「政治的判断」のほぼ丸写しである─杉田敦による『丸山眞男セレクション』(平凡社ライブラリー)、385から388頁による。文中に出てくる「破防法」は「秘密保護法」に変更してみた。これは1958年の講演をベースにしたものだが、状況があまりに変わっていないので驚かされる。すべての読者に一読をおすすめする。

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