クロード・ルフォール、逝く


ショックだ。知的な偉大さを感じさせる二人のクロードがこう立て続けに逝ってしまうとは。また彼について書いてみたいとは思うが、さしあたってル・モンドの記事をざっくりと訳してみる。フランス語を訳すのは初めてなのでさぐりさぐりだし、誤訳もあるかも知れない。また、最後の段落については、多少思うところ有り。このルフォール解釈では、デモクラシーの陥穽が全体主義へと繋がるかのように書かれているが、彼にとってデモクラシーにおいて権力の中心が脱身体化され discorporation of power、権力の場所が空虚である empty place of power ことは積極的な価値を帯びていたはずである。むしろ全体主義においては権力が絶対的に再身体化されており、それはデモクラシーとはかけ離れたものとして理解されているのではないだろうか。だからデモクラシーは常に発明され続けなければならないのであって、その権力の不安定性はむしろここで賞揚されているはずである。再考する。

以下は Le philosophe Claude Lefort est mort | LeMonde.fr 拙訳。

哲学者、クロード・ルフォールが10月3日に亡くなった。86歳だった。全体主義の分析にその思索の多くを捧げた哲学者の逝去を『リベラシオン』が報じた。
    
1924年生まれ。アグレジェ、及び哲学博士。カーン大学で教え、その後社会科学高等研究院教授。処女作は1968年のエドガール・モランとの共著、『La Brèche』。師であったトロツキストを率いるモーリス・メルロ=ポンティの影響で若くからマルクス主義に傾倒するが、その後距離を置くようになる。コルネリュウス・カストリアディスと共に雑誌『社会主義か野蛮か Socialisme ou Barbarie』を創刊した頃からこのマルクス主義からの撤退は始まっていたが、アレキサンダー・ソルジェニーツィンの『収容所群島』に出会うことでさらに明確になり、その態度はこの著作に捧げられた『余分な人間 Un homme en trop』(1973年)に表される。
    
彼は全体主義的現象とデモクラシーの陥穽の間に強いつながりを指摘する。彼にとって、歴史の結果としてのデモクラシーは「身体無き社会」であり、ラディカルな決定不能性が支配し、常にバランスを欠いている。『L’Invention democratique』(1981年)で示されたように、それは常に自身の発明を要求するのだ。デモクラシーは「本質的に善」なのではなく、自動的に自由や正義をその市民に保証するものではないのである。

2 Comments

  1. もうひとりのクロードをあまりに敬愛するものとして、やはりルフォールの逝去を悼みます。直接の応酬もあったのですがフォローできていないこともあって。ただ、ちょっとバイアスのかかった訳文もある気がして、失礼かとは思いましたが、僕ならこう訳すけどというのをやってみました。直接の連絡手段がないので、ここに貼り付けることにしましたが、失礼はもとより承知ですご遠慮なく消してください。ただ、訳文をこういう風にすれば、そもそもの記事への違和感も多少和らぐのではないかとは思いますがいかがでしょうか。モース序文はさすがにこうやっては送れないので、連絡先をお知らせ頂ければ幸甚です。それでは乱筆失礼いたします。

    ———————————————–

    哲学者のクロード・ルフォールが10月3日の日曜日、86歳で逝去した。『リベラシオン』紙は、全体主義批判にみずからの主要著作を捧げた哲学者の逝去を報じた。

    1954年に生まれ、哲学教授資格と哲学博士を取得し、カン大学で教えたのち、社会科学高等研究員で研究主任をつとめたクロード・ルフォールの処女作は、エドガール・モランとの共著『裂け目』。師であるモーリス・メルロ=ポンティの影響のもとで青年時代にマルクス主義に傾倒したことが、後にしだいに袂を分かつまでの間、ルフォールをトロツキー主義の側に立たせることになった。コルネリウス・カストリアディスとともに『社会主義か野蛮か』を創刊したときすでに兆していたこのような懸隔が決定的になったのは、おそらくアレクサンドル・ソルジェニーツィンの『収容所列島』であり、ルフォールはこの後、『余分な人間』という一冊の著作を割いてこの著者を論じることになる。

    ルフォールはこうして、全体主義という現象と、さまざまな形での民主主義の欠如との間にはきわめて密な繋がりがあることを確信するにいたる。彼にしてみれば、歴史の果実である民主主義とは、たえず不均衡をはらみ、根本的な不確定をみなぎらせたひとつの「身体なき」社会であって、自身の著作『民主主義という創意』でそのことを開陳してみせたように、不断の創意が求められる。民主主義は、「本性からして善なるもの」だとはとても言えず、したがって、あらゆる市民に自由と公正を自発的に保証するものではなかったのである。

  2. knagayama

    2010-10-08 at 17:15

    おお、感謝です。やっていただいた方がぼくの拙い訳よりもよいと思います。
    ソルジェニーツィンについては、収容所群島が定訳かな、と。また未訳のものは仏語のままに置いておきました。

    デモクラシーと全体主義の関係性については、違和感はやはり拭えないかなと思います。密な繋がり。ううむ。

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