アラブ世界での騒乱が益々歴史の表舞台へと姿を現し、左翼知識人たちは我が意を得たりと言わんばかりにこの「革命」を賞賛する。スラヴォイ・ジジェクはこれを評して「我々は普遍主義の実践を目撃している…彼らは我々よりもよりよく民主主義を理解している…圧制者と闘うとき我々は団結するのだ ((Egypt: Tariq Ramadan & Slavoj Zizek)) 」と吠える。ハートとネグリはこれを〈帝国〉に抗するマルチチュードによる運動であると考え、彼らが「マルチチュードの新しい表現と必要に適したデモクラシーを要求している ((Arabs are democracy’s new pioneers)) 」とする。

けれども(いつものように)わたしはこのような言説に危うさを覚える。レアルポリティークを無視しているという批判は当然あれども、わたしの懸念はそこになく、倫理的な相にある。ハート=ネグリの新しいマルクス主義が自らを自由と民主主義のレトリックで飾り立て、たんなる世界理解の枠組みであることをやめて特定の運動と結びつくとき、それは一体何になるのだろう ((もちろん、最初からネグリの理論はたんなる世界理解の枠組みなどではない、と言われれば、それは確かにその通りだ。)) 。いまエジプトに住んでいる人々にとっては、デモに加わることは倫理的であると言えるかも知れない。しかし、エジプトに住んでいるわけでもないのに、外野の立場から、混迷と運動と革命を一様に賞賛し、これこそが21世紀におけるあたらしい民主主義の形であると宣言することは、果たして倫理的な立場と呼べるのであろうか。わたしはムバラクやカダフィの側に立ちたいとは到底思わない。しかしジジェクやハート、ネグリと共に革命をただ賞賛することもしたくない。そして、「これらすべてはレアルポリティークの結果に過ぎない」と、リアリズムという静かな諦念を表明することにも躊躇いを覚える。それでは我々は、どのようにこの「革命」に向き合うべきなのか。

カントは革命権を認めなかった。例えば「理論と実践」においては法を定める者に対するあらゆる暴力を、「コモンウェルスの根本を脅かす」ものとして批判している。彼の国家の理論においては、法の秩序を脅かすあらゆる暴力は非倫理的なものとして排除されなければならなかったのである。1797年に表された「人倫の形而上学」では、最高権力はその民に対して何ら義務を負わず、「ただ権利のみを負う」とさえされている。カントの考えでは、自然状態から市民状態への移行は定言命法的な義務であるから、市民状態を覆して自然状態への一時的な撤退を生み出す革命権は認めることはできない。共和主義の原則から考えれば、人民が主権者であると言っても、主権者が保持するのは立法権のみであって、行政や司法に口を出すことはできない。刑を科すことも罰を与えることも立法府に属する権能ではないから、主権者である人民は支配者を罰することはできない。「人間は主人を必要とする動物である」と、カントは静かに言う。

しかし一方でカントはフランス革命の熱心な信奉者でもあった。彼は人類の静かだが着実な進歩を信じていた。人間は理性に生きるに有らず、さよう。一個の人間には理性を十全に行使するための十分な時間など与えられていない。けれども人類は、種としての人類は、半ば永遠とも思えるような時間をかけて、徐々によき社会へと向かう。人間は本質的に矛盾に満ちた存在である─「曲がった材木」然り、「非社交的社交性」然り─が、自然はまさにその矛盾を利用して人類を進歩へと導くのである。権威は服従されなければならないが、同時にそれは堕落しており、置換されなければならない。人間は確かに主人を必要とする動物であるかも知れないが、しかし、彼の主人もまた人間である。

ふたつの革命観は、カントの中で、そのスケールの差異によって分別され、その理性と共和主義への信念によって接続されている。このような立場から、彼は、フランス革命を一方では賞賛しつつも、他方ではその間違い─例えばルイ16世の処刑─を「忌み嫌う abhor」ことができる。それは確かにあいまいな立場かも知れないが、しかし、最も妥当な態度であるようにもわたしには思われる。そして彼の態度は、今日アラブ革命を目撃する我々にとってもひとつの開始点として有効なのではないだろうか。