〈トゥラー〉と〈ケマリ〉、あるいはカスタネダの鎮魂


マレーシアのマ・ベティセック族には〈トゥラー〉と〈ケマリ〉というふたつの概念がある。これらはそれぞれ、人間と人間以外の諸生物との関係を表す、対立する概念の連合を表している。彼らには生き物を見る目がふたつあるのだ。〈トゥラー〉においては、かれらは暴力的で下級な存在であり、かつて人間だったがカニバリズムを行ってしまい長老たちに呪いをかけられてしまった存在として現れる。〈トゥラー〉は呪い、支配の意味である。これらふたつの概念がひとつのことばによって統合されているのは、そこでは正統的な支配というものは成功した過去の呪いによって作り出されるという観念が強くあるからだ。そこでは諸生物は一義的には〈食物〉として存在している。人間とは異なる彼らは、自らの犯した罪によって呪われ、食べられる運命にある。

食物の観念は重要である。〈トゥラー〉において動物の食べるものと人間の食べるものは厳格に区別される。人は火を通したものを食べる。獣は生のものを食べる、という風に。豊穣を祝う〈ジョ・オウ〉の祭りにおいて、霊に捧げられる米は生のままであり、霊たちが踊る場はひとの踊る場とは厳密に区別されている。

このような見方は〈ケマリ〉においては180度転倒させられる。植物も動物も根本的な霊性において人間性を共有しており、人間よりも上位の存在として、マ・ベティセックの祖先たちとして立ち現れる。そこでは彼らを食べることは禁止されている─〈ケマリ〉は「タブー」の意味である。人々が病に倒れ、災いが続くとき、それは様々な霊性のしわざとされて、シャーマンはそれをなだめるためにたとえば虎の霊を自らに憑依させ祈りを捧げるのである。その際に捧げられる供物は半ば火が通されており、人間と動物の共有された霊性が強調されている。

このような全く対立する自然観を、どのようにしてマ・ベティセックの人々は保持しているのだろうか、と人類学者は問うかも知れない。一方で獣を見下しておきながら、他方では霊として助けを請うなどということは、なんとも一貫性のない、都合の良いことではないか。これらの観念群は厳密に区別され、一方が支配的であるときは他方は消え去るのだから、彼らはふたつの象徴体系を保持しているということでよろしいか。

けれどもこの様な問いは全く無意味に終わる。我々はここで現されている体系化への欲求が優れて文化依存的であることを何時の間にか忘れているのだ。「象徴体系」、とクリフォード・ギアツがいうとき、それはあたかも様々なシンボルによって構成されるシステムが、研究されるべきものとしてまずは存在するかのような響きを我々に与えるが、しばしばこの様な体系は、異なった考えをどうにか西洋近代の語法に翻訳するために人類学者自らが構築したものにすぎないのである。

真木悠介はいう。

カラスが予言するというような諸民族のいいつたえにおいて、問題は個々の動物や植物の行動を「予兆」としてよみとる知識の蓄積といったものではない。その様な個々の「予兆」への技術化された知識自体は、我々の「世界」の中にも、たとえば仮説的情報として切り取ってくることができる。けれどもこのような「知恵」じたいをたえず生成する母体そのものは、たとえばこの世界の全てのものごとの調和的・非調和的な連動性への敏感さや、自己自身をその連動する全自然の一辺として感受する平衡感覚の如きものであり、「予兆」への技術化された個々の知識とは、このような基礎感覚の小さな露頭にすぎないのだろう。(「気流の鳴る音」ちくま学芸文庫、56頁)

人類学者はマリノフスキがかつて夢見たように「原住民の目から世界をみる」ことを望む。けれども人類学者がこのような「基礎感覚」をひとたび体得した途端、かれが愛してやまない人類学という学問分野においてでさえもかれは異端者として抹殺されるのである。「カスタネダ効果」とはすなわち、そういうものではなかったか。

ならば人類学は呪われた学である。みずから望んだ地点へと到達した瞬間、それはがらがらとくずれさって自己崩壊を起こしてしまうのだから。否、ひとたび身を焼き再生をはかる伝説の不死鳥のように、自己崩壊こそがかれの目的であったのだろうか。

カスタネダの行方を知るものは、未だ居ない。

1 Comment

  1. あんまり外国の文芸集とか知らないんだけど、日本の文芸雑誌のコラムってこの手の詩的表現が多いと思うの。

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