19 Jan 2013

昨夜会合したポーランド人の彼女は今ロシア系のメディア企業でグラフィックデザイナー見習いをやっているという。仮にも人類学部を出たのにお互い全く違う仕事をしているね、と苦笑い。その後、いやいやこれもエスノグラフィの一環なのだよ、という人類学者お決まりの言い訳をする。彼女はすっかり中国嫌いモードに入ってしまったようで、次に会ったときは「白酒はわたしが見た中で最も disgusting なお酒ね」と言っていた。これはさすがにわたしも「いや、僕好きだけどね、白酒」と反論してしまった。こと食い物と飲み物に関しては中国はすばらしい。その後も、バロット(毛蛋)と皮蛋の区別がついていなかったりで、本当に中国学を勉強したのか、と思ってしまう。他文化に対してまずは理解する姿勢を示すことを人類学は教えてきたと思うのだが。

朝、11時頃起床、ホテルの朝食には間に合わなかった。昨夜 Twitter で連絡が取れないので Gmail で自分の上海での電話番号を教えておいた友人から電話がかかってくる。1時に約束。倫敦時代の数少ない友人の一人だ。彼は父親は台湾系三世、母親は韓国人で国籍は台湾だが生まれと育ちは京都、大学は倫敦、東京で少し働いてからまた倫敦の大学院を出て、その後に上海の広告エージェンシーで働いているという異色の才能である。中国語はあまり話せなかったのにすっかりうまくなっていてビビった。彼の語学センスには凄まじいものがある。

新天地の小洒落たチャイニーズをつまんだ後に、タクシーで小汚い小籠包屋に行く。これがまたうまい。高い蟹肉小籠包もうまかったが、結局豚肉を使ったスタンダードなもの(15元)が一番良い気もする。いろいろと連れて行ってもらってありがたかった。圧倒的な上海のエネルギーというものを感じることができた。おばちゃんのバイクの後ろに10元払って載せてもらったりした。あれはいいものだ。もう少し空気がよかったら、また利用されてい字体が繁体字だったら、ここに住んでもよいな、と思う。簡体字はどうも美的に優れないとやはり感ずる。書きやすくはあるのだろうが。旧漢字圏は丸ごと正字に戻してしまうべきである。そうすればもっと地域内の交流が進むに違いない。

夜、JC Mandarin に集合、LSE 時代の友人と再会。湖南料理を食す。うまい。白飯が、何やらジャポニカとインディカの中間のような面白い米なのだが、ふっくらと炊いてあってとてもよい。中華料理は日本ほど米の炊き加減にこだわらないと思っていたので、これは初めての経験だった。小さな容器に入れて蒸したものをそのまま出している気がする。毛沢東が湖南省の出身であったということで、マオ元主席が好んで食したというエビ料理なんかもメニューにある、が、雲南省出身の友人が「それはおいしくない」というので頼まなかった。水煮牛肉、茄子炒め、などなど。デザートには、甘酒の中に白い団子が入ったものを食す。これもとてもうまい。

どうでもよいが「雲」の簡体字は「雨」の部分を省略したもので、何というか、ちょっと意味が分からない感じがある。

同級生の多くは一年以上会っていなかったが、皆変わっていなかった。まあ、この年になって一年やそこらで人間が変わることはもうないだろう。わたしも、自身の体感としては中学生後半位からはあまり変わっていないと思う。もちろん、久しぶりに会った友人には、多少の変化を指摘されたりはするのであるが。