観るという関係


どのような関係であっても、関係性を結ぶということはお互いに自らを変質させるということである。社会的存在としての人間は他者との関係性から独立しては存在できない、というよりもむしろ、そのような関係性の総体そのものとして存在している。

それは「観測」という関係においても同様である。人間の行動や社会を対象とする学問の難しいところはまさにこの点にある。フィールドワークを通じて研究主体および対象は不可避的に変容を迫られる。フィールドワークほど直接的ではなかったとしても、「観測する側」・「される側」という関係性のモードに入った瞬間、研究対象の行動は変容するのである(パノプティコンを思い出せ)。

人類学はフィールドワークをその主たる研究手法として採用したことによってこのアポリアを最も苛烈に経験した学問であるといえるだろう。逆に、それ意外の学問では、このアポリアが十分に反省されないまま実験と観測を繰り返してきた点が否めないフィールドもある。

観るということはソクラテスの昔から理論構築の最も基礎的な段階であるけれども、その行為そのものがしばしば権力性を帯び、非対称の関係性を作り出し、結果として観られたものを変質させるということを、人間行動および社会の理解に従事するものは心に刻んでおきべきだろう。

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