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十年

2015年が終わる。来年は2016年になる。父が死んでからちょうど10年が経つ。

父は2006年の2月13日にタンクローリーに圧し潰されて死んだ。一人でスキーに行く最中だった。最後の言葉も、死の受容のためのプロセスもない、あっけない死だった。彼は53歳で、わたしは18歳だった。

それからというもの、ずっとメソメソして生きてきたと思う。

父の死から逃げるようにして何かに没入し、あるいは自らその代理として振る舞い、あるいはただ嘆き悲しんで喪に服した。

わたしは随分と父を愛していたのだ。

けれどもそろそろ─いいかげんに?─喪を明かす頃かもしれない、と思う。

父は死んだ。彼はもうあのスキー場から帰ってこない。わたしは生きていかなくてはならない。しばらく留守にしていたけれど、わたしは、わたしへと帰ってこなくてはならないのだ。

そのためにわたしは、自己に関する問いを立てねばならない─わたしはどういう人間なのか?何を望み、何を必要するのか?

いや、答えは既に明確であるかもしれない。わたしはより多くを理解することを望む。一つでも多くのことを、少しでも詳細に。理解可能性を開き、横糸を繋いでいく作業を。

そしてできることなら、少しでもいいから、善を為したいと思う。

アウン・サン・スー・チー氏は独裁者になったのか?

2015-11-12 09:40 UTC: しばしば見られる誤解にたいして答えを追記した。

ミャンマーでの総選挙が終了するに伴い、スー・チー氏「私が全て決定」 新大統領に「権限なし」 – 47NEWS(よんななニュース) と言う記事が注目を集めている。以下のような報道である。

【ヤンゴン共同】ミャンマーの次期政権を主導する見通しとなった野党、国民民主連盟(NLD)の党首アウン・サン・スー・チー氏(70)は10日、外国メディアとのインタビューで、次期大統領は何の権限もないと明言。自身の大統領就任を禁じた憲法規定に合わせるために任命されるにすぎないとして「私が全てを決定する」と強調した。
国家元首の大統領ではなく、自身への権力集中にこだわる姿勢は、「権威主義」や「違憲」との批判を招く恐れもある。
選挙管理委員会は11日、下院選に立候補していたスー・チー氏の当選を発表した。

これを受けて、「アウン・サン・スー・チーも独裁者になったのか」という声が聞こえるが、そう判断するのは少し早計であろう。なぜなら、それなりに公正に運用された民主的選挙で選ばれた政党の党首であるアウン・サン・スー・チーが大統領になれないことが、そもそもおかしいからだ。

アウン・サン・スー・チー氏が率いる National League for Democracy (国民民主連盟) はほぼ全議席を獲得したが、以下に引用するミャンマー憲法第59条6項によって、アウン・サン・スー・チー氏を大統領として選出することが憲法上できなくなっている。

第59条 大統領及び副大統領の要件を以下のとおりとする。

(1) 国家と国民に対して忠誠心を有する者でなければならない。
(2) 本人及びその両親がミャンマーの主権が及ぶ領土内で出生した土着民族であるミャンマー国民でなければならない。
(3) 選出されるべき人物は最低45歳以上でなければならない。
(4) 国家事項である政治、行政、経済、軍事等に関する見識を有する人物でなければならない。
(5) 大統領は、選出された時までに最低20年間継続して我が国に居住していた人物でなければならない。
(例外) 国家の許可の下で正式に外国に居住した期間は、我が国に居住したものとして計算する。
(6) 本人、両親、配偶者、子供とその配偶者のいずれかが外国政府から恩恵を受けている者、もしくは外国政府の影響下にある者、もしくは外国国民であってはならず、 また、外国国民、外国政府の影響下にある者と同等の権利や恩恵を享受することを 認められた者であってはならない
(7) 国会選挙における被選挙権として定められた要件に加え、大統領として別途規定する 要件を満たしていなければならない。

これは2008年の憲法改正によって付け加えられた条項であり、事実上アウン・サン・スー・チー氏を大統領に選出することを防ぐために導入されたものである。アウン・サン・スー・チー氏の英国人夫は既に1999年に死去しているが、子供がイギリス国籍を保有しているためにこの条項に抵触する。大統領の選出は国軍出身議員も含まれる大統領選出委員会によってなされるため、そこも一つの障害になりうるが、まずはこの条項をなんとかしなければアウン・サン・スー・チー大統領の実現は不可能である。

つまり、憲法を改正しなければならないのだが、これが非常に難しい。なぜか。今年の6月の失敗事例を見ると、より明らかになる。

ミャンマー国会が憲法改正案を否決 「スー・チー大統領」極めて困難に

【ヤンゴン=吉村英輝】ミャンマー国会は25日、与党が提出した憲法改正案の大部分を反対多数で否決した…軍系の与党、連邦団結発展党(USDP)の改憲案は、スー・チー氏のように外国籍の子供がいる人物の大統領就任を禁じる条項が引き続き含まれていた。一方で、憲法改正に必要な賛成議員の数を現行の「定数の75%超」から「70%以上」に引き下げる項目が盛り込まれた。このため定数の4分の1が割り当てられている軍人議員から、NLDが政権を握った場合、改憲を阻止できなくなるとして反対が表明されていた。

これがポイントである。憲法改正を行うためには、議会の75%の賛成を得る必要がある。しかし、議会両院において、定数のうち25%が自動的に憲法上軍人議員にあてがわれる制度になっているのである。

第436条
(1) 憲法の第1章の第1条から第48条まで、第2章の第49条から第56条まで、第3章の第59条及び第60条、第4章の第74条、第109条、第141条及び第161 条、第5章の第200条、第201条、第248条及び第276条、第6章の第293 条、第294条、第305条、第314条及び第320条、第11章の第410条から 第432条まで、第12章の第436条にある規定を改正する場合、連邦議会議員総数の75%を上回る賛成を得た後、国民投票において有権者の過半数の票を得なければならない
(2) 本条(1)項に定める条文以外の条文の憲法改正については、連邦議会議員総数の75%を上回る賛成を得なければならない。

人民院の構成 第109条
人民院の定数は最大440名とし、次のとおり構成する。
(1) 郡及び人口に基づき選出された議員最大330名
(2) 国軍司令官が法律に従い指名した軍人議員最大110名

民族院の構成 第141条
民族院の定数は最大224名とし、次のとおり構成する。
(1) 各自治地区、自治地域それぞれから選出された各 1 名の議員を含む、各管区域・州よりそれぞれ12名ずつ選出された議員168名。
(2) 国軍司令官が法律に従い、関連する連邦直轄区域を含む各管区域・州よりそれぞれ4名ずつ指名した軍人議員56名。
(3) 本条(1)項及び(2)項に規定するとおりに民族院を構成するに当たっては、関連する連邦直轄区域は、この憲法が定めた連邦直轄区域であれ、連邦議会が法律を制定して 新たに定める連邦直轄区域であれ、当該連邦直轄区域が属する州もしくは管区、又は、管区 域もしくは州の中に含まれているものとし、民族院議員を選出する。

国軍はこの憲法改正を行う際、アウン・サン・スー・チー氏が権力を握り改正を行うことが最大限難しくなるように制度を設計したとみられる。(全くクソみたいな話だが)このような状況において、制度の枠組みの中で政権運営を行うためには、大統領は別に立てたうえで、実際の決定はアウン・サン・スー・チー氏が行っていくということが必要になってくるのである─国民はアウン・サン・スー・チー氏に国政を任せることを民主的な選挙において表明したのだから。それは独裁とは異なるようにわたしには思われる。

追記: ファーガル・キーン氏 (K) によるアウン・サン・スー・チー氏 (A) BBCインタビューからの抜粋。

K: 国軍が制定した憲法下では、あなたは大統領になることができませんが、先日あなたは、大統領の上に立つということを言いました。それはどういう意味でしょうか。

A: わたしがすべての決定を行う、ということです。第69条f項を満たす大統領を立てることが必要だとおっしゃるなら、わたしはそうしましょう。けれどもだからといって、わたしが、政権党の党首として、すべての決定を行うことをやめるわけではありません。

K: それは将軍たちを少しナーバスにさせるのではありませんか。

A: わたしは透明性 transparency と説明責任 accountability がよい政府の根本であるということを信じています。そしてそのようなよい政府を持つことを、ミャンマーの人々は数十年に渡り禁じられてきました。

K: では、あなたは、実質的に大統領となる、ということですね─称号を覗いては。

追記: しばしば見られる誤解にたいして答えを提供する。 (2015-11-12 09:40 UTC)

Q: これは院政ではないのか。

A: 異なる。院政とは、既に制度上引退した政治的指導者が現在の制度上の政治的指導者に対して優越し引き続き実権を保持することだといえるが、アウン・サン・スー・チー氏はそもそも一度も制度上政治的指導者になっておらず、また形式的にも実質的にも引退していない

Q: これは憲法を無視しているのではないのか。

A: 異なる。憲法を無視するのであれば、上記の第59条6項を無視して大統領になればよい。そうしないのは、憲法を無視しているわけではないからだ。しいて言うならば、これは第58条の規定「大統領は、ミャンマー連邦全土に居住するミャンマー国民全員の頂点に位置する」に反しているということはできよう。しかし、この「頂点に位置する」という規定が具体的に何を意味するのかを問うことは難しい。

Q: どちらにせよこれは独裁ではないのか。

A: 独裁の定義によるが、アウン・サン・スー・チー氏に与えられた権限は憲法によって大統領に与えられたそれを上回るものではない。彼女はあくまで、民主的選挙によって選ばれた政権党党首として政治に対して影響力を行使すると言っているのであって、それが独裁だと言うのであれば、アメリカ大統領でさえ独裁者となるであろう。

サルは搾取されているのか?

タイのココナツ産業ではサルが奴隷的労働を強いられているという報道が見られる。わたしは実際にフィールドワークを行ったわけではないので一次的な観察はできていないが、ハワイ大学の人類学教授、レスリー・スポンセルの意見を載せておこうと思う。スポンセルは実際にタイ南部で人類学的フィールドワークを行っており、サルと人間の間の関係性に関して論文を出しているようだ:

2002 “Monkey Business? The Conservation Implications of Macaque Ethnoprimatology in Southern Thailand,” (with Nukul Ruttanadakul and Poranee Natadecha-Sponsel) Primates Face to Face: The Conservation Implications of Human-Nonhuman Primate Interconnections, Agustin Fuentes and Linda Wolfe, eds., New York, NY: Cambridge University Press, pp. 288-309.

2004 “Coconut-Picking Macaques in Southern Thailand: Economic, Cultural and Ecological Aspects” (with Poranee Natadecha-Sponsel and Nukul Ruttanadakul) Wildlife in Asia: Cultural Perspectives, John Knight, ed. New York, NY: Routledge/Curzon, pp. 112-128.

スポンセルは、NPRの取材に応じてこう語っている:「わたしたちがタイ南部にいた間、サルに対する虐待や搾取を目にすることは一度もありませんでした。サルはペットに非常に近いもので、幾つかの家では既に家族の一員とまでなっていました。若い猿は訓練され、首輪がつけられ、仕事をしていない時はシェルターに入れられます。彼らは餌と水を与えられ、風呂に入れられ、毛並みを整えられるなど、様々なケアを施されます。ココナツのプランテーションでは、しばしばモーターバイクやカートの後ろに座っているのが見られます。もちろんこれは虐待が全く無いということではありませんが、わたしは家族を助け、生き延びようとする貧しい農民たちを尊敬しています。」

よく訓練されたサルは、1日に平均して1000個のココナツを拾うことができるという。聞いた話だが人間は80個らしいので、労働効率は大きく違うようだ。

原文は What’s Funny About The Business Of Monkeys Picking Coconuts? – NPR で読むことができる。

Google Compute Engine 上で WordPress インスタンスを走らせる

このブログはもともとさくらのレンサバ上で動かしていたのだが、小さなブログひとつのためにレンタルサーバーを維持するのはオーバーキルだなという感じがしてきたので Google Compute Engine に移してみた。

移行は容易であった。cloud.google.com から自分のダッシュボードへ行き、Cloud Launcher から Bitnami の提供する WordPress パッケージを選ぶだけ。あとは古い WordPress からデータを移行して、ドメイン名からのひも付けを再設定すれば終了だ。

今のところ3日間利用して $0.5 しか課金が発生していない。ステマになってしまうが素晴らしいサービスである。

倫理について

「現実」というものは、そもそも、本来的には非-倫理的なものであって、それによって束縛されるということがない。

しかしながら、「だから、倫理というものは真剣に学として考える必要がないものだ」、という主張は誤りである。人間がこの「現実」と関わり、それを理解するためには、行動のフレームワークとしての倫理が必要なのである。何をなし、何をなすべきか、あるいは何をなすべきでないか、何をなさないか、それを決定するのは唯一倫理のみなのであるから。

民主主義的プロセスについて

安保法案をめぐる与党の動きに関して、民主主義とはなんぞや、という問が散見されるので、覚書を残しておく。

民主主義は、それ自身が運動でありプロセスであるということにおいて他の政治形態とは異なる。それはいわば「過程の哲学」の上に成立しているのである。

例えば多数決について、仮に数が多ければ多いほどよいという考え方のみに立てば、全員一致が一番よいということになる─伝統的な閉じた共同体というものは基本的には全員一致をよしとするものである。その中においてはひとつの価値のみが共有されており、それを共有しないものは村八分にされることによって全員一致が保たれることになる。

しかしながら、近代的な民主主義における多数決はこれとは異なる。そこでは、異なった意見が存在することが積極的価値として見出されているのである。様々な意見が存在することが当たり前であって、それがないことはかえっておかしいという考え方に立てば、全員一致はむしろ異常事態である。ここで初めて、少数意見に対する寛容の精神が重要視されるようになる。

民主主義的な多数決においては、多数と少数との議論によるプロセスそのものが重要なのであって、単に投票の結果だけが重要なのではない。この点こそが、伝統的な共同体における全員一致と、近代的な民主主義というものを分かっている。政治は単に「勝ち負け」によってのみ成立するものではないのである。

ある自民党の政治家は、「選挙に勝った以上、国民は政治というものを政治家に任せていただきたい。野党と話し合いということは基本的にしない。選挙に勝って国民の審判が下ったのだから、政治に関しては与党の思うとおりに動かしていく」という旨の主張をした。これは「勝ち負け」で政治を判断してしまう悪しき例である。政治は、残念ながら、スポーツではない。

悪法が通った、盛んに反対したけれども結局通ってしまった、通ってしまったら終わりである、という考え方は、多くの人間によって共有されているように見られるが、これも勝ち負けで政治を判断しており、誤りであると言わざるをえない。悪法が通ったのならば、それが少しでも悪く適用されないように、尚努力をする、終局的には撤廃されるように努力をする、ということをしなくてはならない。しばしば、いわゆる「文化人」などは、いくら反対しても通ってしまうのだから、反対しても意味は無い、といったことをいう。けれども、ある方が望ましくないというとき、その反対する力が強ければ強いほど、そのほうが成立する過程において抵抗が強ければ強いほど、できた方の運用をする当局者は慎重にならざるを得ない。たとえば秘密保護法などはあまりよい法律ではない、とわたしは思う。この法制についても、ワーワー反対して騒いだけれども現実にはあまり適用されていないではないか、という人がいる。けれども実際は、あれだけ反対があったからこそ、うっかり適用できない、というほうが現実に近いであろう。投票の結果において通るか通らないかということは、政治過程における一つのファクターであるけれども、すべてのファクターではない。負けちゃったじゃないか、いくらやってもだめじゃないか、という発想には、反省されるべき勝負思想というものが非常に大きく働いているのである。

さて、碩学な読者は既にお気付きの通り、上の文章は丸山眞男「政治的判断」のほぼ丸写しである─杉田敦による『丸山眞男セレクション』(平凡社ライブラリー)、385から388頁による。文中に出てくる「破防法」は「秘密保護法」に変更してみた。これは1958年の講演をベースにしたものだが、状況があまりに変わっていないので驚かされる。すべての読者に一読をおすすめする。

米国勤務雑感

米国カリフォルニア州に移動して九ヶ月ほど経過し、色々とわかってきたこともあるので、雑感をまとめておく。

わたしは基本的には同一の会社内で、東京支社から本社へと移動した。東京支社では同僚のほとんどが日本人であり、労働現場での共通言語は日本語であった。当然ながら米国ではそのようなことはなく、ずっと英語である。そのためか多少英語が上達したと思う。以前はある話題について何を発現するか事前に脳内を整理し、処理しておかなくてはいけなかったが、現在では多少なら思考しつつ発話することが可能になった。

労働はしやすい。大変風通しのよいチームで、自宅勤務 (WFH) も必要に応じてすることができる。日本では勤務態度について厳しいコメントをされることもあったが、米国では比較的まじめに職場に来ている方であると思う。これはもちろん、企業、さらにはチームによるであろうから、一般化はできない。私の場合には、ということである。

大変興味深い住宅事情や、地形・気候などの地理学的洞察についても書きたいが、トピックをあえてひとつに絞るならば、「どのような人間として評価されるか」ということが大変に変わった、ということを特筆すべきであろう。

わたしが務めている会社では、ピア・レビューといって、共に働く同僚に「この人間はこの点がよく、改善点はこうである」、などといったフィードバックをお願いする制度がある。その際に偉えるフィードバックは、第一には自己にとっての最適化目標を提示するものなのだが、他方ではその職場環境がどのようなものであるかについての知見を提供してくれる。日本では、わたしが得られるフィードバックの大半は、「論理的なところがよい。コミュニケーションのとりかたをより改善すべき」というものであり、同じような意見を得ることをある程度期待していたのだが、米国で得られたものは全く異なるものであった─同僚の大半が、わたしを「実行力があるところがよい」と評価し、「論理的」、あるいはそれに類した評価を下した人間は一人もいなかったのである。そのような意見は、日本滞在時には見られないものであった。

特に仕事のスタイルを大幅に変えたという自覚はない。当然ながら環境に影響されて無自覚的に行動パターンは変化しうるのであるが、これはどちらかと言うと、そのチーム、職場の環境がどのようなものであるか、そこで何が望ましい、あるいは望ましくない行動として捉えられているか、という認知の構造を表しているものであるかのように思われる。

同一の会社内でオフィス間を移動するだけで大きな変化が見られるということは、多国籍企業を経営していくということの困難さを端的に表している。特にいわゆる「外資系」企業においては、本社が重要視する文化や価値観というものを、いかにして他国で醸成してくか、という大きな課題があるように思われる。当然ながら、それを諦め、現地流の経営に任せる、というやり方もひとつの解ではあるのだが、支社内で何が起こっているかがブラックボックスになってしまう危険も伴う。この辺り、経営学などの分野においては既に先行研究がありそうだ。

大阪都構想に関して

大阪都構想に関する住民投票が終了し、投票数で1万票、得票率で 0.8% の差で否決された。大阪住民投票 反対多数 都構想実現せず – NHKニュース によれば、反対は70万5585票、賛成は69万4844票であったという。

今回の大阪都構想そのもの及びその投票に関しては、個人的には疑問に思う点が多々あったため、私も大阪市民であったら反対票を投じていたこととは思う。例えば、「大阪都構想の危険性」に関する学者所見では、以下の様な論点が提出されている。

  • (a) 特別区制は憲法上の地方公共団体ではなく不安定
  • (b) 東京都の繁栄は特別区制によるものではなく大企業の本社機能の集中に寄るもの
  • (c) 特別区制は府への中央集権を促進させ都市計画を難しくする
  • (d) そもそも二重行政は大きなムダを産んでいない;効果はせいぜい2−3億円と予測される

これらのような論点に対して、維新側、あるいは大阪都構想推進側が十分に答えることができていたとはあまり思わない。なにか的確な議論がなされている記事などがあれば、教えていただきたいところだ。

しかし一方で、大阪都構想は潰えた、よかったよかった、という気分ではない。商業の都としてかつて栄えたオオサカが徐々に衰退に向かっていることは間違いない。維新のような運動が出てきたのはそれなりの理由があるのだ。それらの問題に対してどのように答えていくか、という課題はいまだに残ったままである。

本来ならば大阪都構想に類した地方行政改革案というものはリベラルから出てこなければならないはずである。どのように大阪をもう一度力強い地域にしていくのか、ということを考える作業を続けなければならない。

ちなみに、私が大阪市長あるいは府知事だったら、大阪府を解体し、河内国・和泉国・摂津国の三国に分割する、「三国分割案」を提出するであろう。

結婚と個人の幸福とは関係がない

わたしも、日々Facebookなどで結婚の報告が見られる歳になり、巷の恋愛/結婚に関する意見なども読むようになった。婚姻をめぐる言説は非常に興味深いが、単に読むだけでなく、個人的意見を挟み、言説空間へと参画していくことも重要かと思われるので、書く。

しばしば見られる誤解だが、結婚と個人の幸福は関係がない。

社会制度としての婚姻は親族の、ひいては社会の再生産のためにあるのであって、個人を幸福にするためにあるのではない。多くの人間社会においては、結婚するか否かということのみならず、誰と結婚するか、ということまで、個人の意志とは関係なく決定される。結婚、および再生産は義務であって、そこから逃れることはできないし、その相手も自由に決めることはできない。重要なのはその親族共同体に属する子供が生まれることであって、夫婦が幸せか否かというのは二次的な問題である。特定の相手との結婚が構造的に奨励される場合でなくても、特定の相手との結婚の禁止─いわゆるインセスト・タブー─は存在することがほとんどである。

個人的自由の尊重は近代の画期的な発明であって、個人的幸福及び自由への権利、という発想が導入されることによってはじめて、不幸な結婚を回避することができ、構造的に決定される結婚相手から逃れることができる。

「運命の相手と結婚する事こそが幸福である」という信条は、このような時代にあって、再生産への親族的要請と、個人的幸福の希求の「イイトコどり」をすることができる、みごとな折衷案である。婚姻相手は自由に決定することができるが、結婚はしなければならない、というわけだ。少なくとも日本における近代的結婚は、このようなものとしてイメージされてきた。

けれどもこのような信条はより個人主義が優勢になるにともなって支持することがますます難しくなってきている。当然ながら、婚姻自体を幸福としない人間もまた存在するからである。義務としての婚姻、という論点を出さずに、個人的幸福の最終形としての婚姻、という議論だけを維持することはできない。

一方で、人間のクローン技術が完全でなく、また人間を成年にまで育てるには少なく見積もっても16年ほどかかる以上、社会の再生産は親族単位で行われなければならない。成長する過程でひとりひとりに手厚いケアを与える制度を親族なしに整えることは非常に難しい。もちろん、たとえばSF漫画「地球へ…」で描かれたような体制を実現することは、将来的には可能になるかもしれない。しかし、我々人類にはさしあたって婚姻が必要なのだ。

問題は、個人的自由と、再生産の必要性とをいかにしてバランスさせるか、ということである。「結婚こそが個人的幸福である」という信条はその一つの解であったけれども、それが唯一の解であるわけではない。他の解を導くことは、政治哲学者だけでなく、我々一人一人がなさなければならないことであろう。

Charlie Hebdo: 理性の宗教か、ムハンマドの宗教か

イスラームと表現の自由の対立は既に21世紀の政治における古典的問題になった感があり、この度改めて論じるべき新しい論点は既にないかもしれない。

多くの識者が指摘されている通り、ここに論理的な解決を望むのは間違っている。ふたつの相容れない価値観はお互いどうしても譲れない一点で争っており、議論を整理することは対立を明確化し先鋭化することである。西洋としては宗教への批判及び風刺は表現の自由によって守られるべきものである─それによって欧州は近代を築き上げたのだ。しかしイスラームとしては当然ながらその信仰の絶対的基礎たるムハンマドを描くことは万死に値する涜神行為である。これは宗教的対立なのだ─フランス共和国における理性への信仰をひとつの宗教とみなすならば。

その際、どちらの陣営にも属していない吾々日本人のような半端者にできることがあるとすれば、それは、どちらかの側に立って他方を糾弾することではなく、あるいは議論を整理しどちらが正しいか見極めようとすることでもなく、どちらの議論にもそれなりの理ありとしつつ、お互いが平和的に併存するしかた─「共存共栄」は不可能であるとしても、お互いに攻撃しあうことなく存在し続けられる落としどころ─を見つけようとすることかと思う。

吾々に言えるのは、それくらいのことだ。

いずれにせよ亡くなられた人々および遺族の苦しみを思うと心が痛みます。謹んで哀悼の意を表します。

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