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メッセージの伝達に責任を持つのは誰か?

ウェブライターであるヨッピー氏が、「ネイティブ広告ハンドブック」のわかりにくさと、そのわかりにくさを指摘した際発生したコミュニケーションに対して大いにお怒りである。こういったコミュニケーションの齟齬は、何故起きるか。以前から考えていたことを適用するよい機会なので、書く。

特に日本語におけるコミュニケーションに関して知っておくべき事は大きく二つあるとわたしは考えている。それは、「ハイコンテクスト(高文脈)な文化」、および「パフォーマティブ(行為遂行的)な発話」である。これらのことさえ飲み込んでしまえば、日本人とのコミュニケーションはバッチリ理解できるといっても過言ではない。

「ハイコンテクスト文化」は人類学者の考えた概念で、「ローコンテクスト文化」の対義語である。ざっくりと言ってしまえば、ハイコンテクスト文化においては、言葉の選択や発話のタイミングによって、実際の文章が指示しているものよりも遙かに多くのメッセージが伝達される。日本語はその最たるものである。Wikipediaが提示している、わかりやすい具体例を見てみよう。かかってきた電話をいま取った、と仮定せよ。そこから以下の質問が聞こえてくる。

日本語: 花田さんはいらっしゃいますか。
英語: May I speak to Ms Hanada? (わたしは花田さんと話すことはできますか。)

さて、どう答えるべきか。

日本語においては、「花田さんがいるかどうか」を聞いているだけに見えるので、「はい、います」あるいは「いいえ、いません」が正しい答えのように見える。しかし、実際には、日本語ネイティブがこの文章に遭遇した際、かれは「はい、いまかわります」と答えるであろう。これは、「電話に出た際にいるかいないかを聞いていると言うことは、当然、花田さんと話したいということだ」という推論を基にしている。

ここまではよい。

実際に日本人とコミュニケーションを取る際に問題となるのは、以上の性質の結果として、メッセージ伝達の責任が、話し手にあるのか聞き手にあるのかが変わってくる、ということである。一般的な日本語のプロトコルでは、メッセージの伝達に責任を持つのは聞き手である。一方、米国英語などのプロトコルでは、メッセージの伝達に責任を持つのは話し手である。どういうことか。

上記の例で言えば、「花田さんと話したい」という真のメッセージが話し手から聞き手に伝達されることに対する責任は、聞き手にある。それを把握せずに、「はい、います。花田さんがどうかしましたか?」と聞き返すことは、聞き手がその責任を放棄しているということであって、日本語のコミュニケーションとしては失格なのである。

だから、このプロトコルを前提として生きている人は、「わたしが受け取ったこのメッセージの真の意味は何か?」ということを常に考えなくてはならないことになる。一を聞いて十を知る、すばらしいことだ…と言うこともできるかもしれない。

しかし、二つのプロトコルが衝突するとき、これは大きな問題となる。1を聞いて十を知る、いや、知らなくてはならない、と考える人間(仮に甲としよう)は、1を聞いて1を知ることは責任の放棄だと考えるようになる。一方で、メッセージの伝達に責任を持つのは話し手であるというプロトコルに基づいてコミュニケーションを行う人間(仮に乙としよう)は、1を言って1が伝わるとは限らないため、1を伝えるためには3言わねばならないと考えるようになる。

結果どうなるか。乙が3言ったことに基づいて、甲は30理解することになる

乙であるヨッピー氏は、「発信者側もなるべく多くの人に理解されるようにコンテンツを作るべき」と言っただけのつもりであった。しかし甲である藤代氏は、「いまや誰でも発信者になり得るから、素人ライターでいいんだ」というメッセージとして受け取ったのである。

何たる悲劇であらう。

教訓1。日本人とのコミュニケーションにおいては、メッセージの伝達の責任者を予め明確にすべし。

次。「パフォーマティブ(行為遂行的)な発話」とはすなわち、「それによって意味伝達以外のことを成し遂げようとする発話」ということである。どういうことか。例を挙げよう。

わかりやすいのは、キリスト教の結婚式の際、新郎新婦が「誓います」ということである。彼らは「誓います」と言うことで誓いを行う。すなわち、単純に意味伝達のためだけではなく、誓いという行為を遂行するために発話が行われている

もちろん、発話が社会的行為である以上、どのような発話もある程度のパフォーマティビティを帯びる。しかし、純粋にパフォーマティブな意味を持ってなされる発話というものもある。そしてそのようなものは、しばしば暗黙のうちに行為を遂行しようとするのだ。ここで見られる高広氏の発話もそのようなものだ。

つまり、ここで高広氏が「メディアってなんですか?」と聞くことによって成し遂げようとしているのは、ヨッピー氏がメディアの何たるかをどう考えているかを知る、ということではない。その後の会話の発展を確認した上でのわたしの推測によれば、それはもっと別の目的で行われている。すなわち、ヨッピー氏に、「ヨッピー氏と高広氏の間にある暗黙の格の違い*」を認めさせ、もって(ヨッピー氏のつぶやきによって乱されてしまった)広告業界における「規範*」を取り戻すこと、である。発話の内容はこの際何でもよい。

すなわち示威行動である。こういった行為遂行的発話は、「ここはわたし(あるいは我々)のナワバリである」、「ここからは入ってくるな」というメタ・メッセージを伝えるために行われるのであって、「メディアとは何か」に関する建設的な議論を行うために発せられるのではない。だから、純粋に意味内容に基づいて議論を行っても、話がすれ違うばかりで意味がないのである。

特に日本人とのコミュニケーションにおいては、上の高文脈性と合わさり、非常にハイコンテクストで実際には聞き手側からすると理解しきれない行為遂行的メッセージを話し手が発している可能性がある。

教訓2。相手の発話が行為遂行的な意味を持っている可能性を吟味すべし。

こういった高文脈性・行為遂行性は日本語だけに見られるものではないが、特にそれに顕著に見られると言うことは事実であろう。

さて、以上では特に日本人のコミュニケーションにみられる奇妙な生態に関して、その完全な外部者であるかのように筆を進めてきた。けれども何を隠そう筆者も日本人である。個人的意見を述べさせていただければ、益益文脈を共有しない人間との会話を行う機会が増える今日の世界において、こういった高文脈性にしがみつくのは大変効率が悪いことではないか。それは確かに美しい文化を創り上げてきた一面もあるが、今日においては、むしろ害悪の方が大きいのではないか…とわたしは思う。

* 「格」「規範」というのも大変興味深い人類学的テーマなのであるが、ここでは紙幅が足らぬ故割愛する。

追記: 特に行為遂行性に関してはどの文化にもより普遍的に見られることは間違いない。明確化のため追記しておく。

ベネディクト・アンダーソンが死んだ

人類学者、ベネディクト・アンダーソンが死んだ。インドネシア滞在中、ホテルでの死だったという。79歳だった。

アンダーソンとその著作『想像の共同体』については、このブログでも幾度か書いた。わたしの学術的生において、彼の著作は常にインスピレーションの源であった。ひとつは、しばしば見られる誤解についての記事。すなわち、アンダーソンはネーションの「想像のされ方」によってその特異性を描き出そうとしたが、「想像されたものだからフィクションにすぎない」という主張として通俗的に理解されてしまう場合がある。また、彼は必ずしもナショナリズムに対して必ずしも否定的なポジションを取っているわけではなかったが、そのようなものとして利用されてしまった。

吾々は単にナショナリズムを蒙昧として無視することなどできない。単にその虚構性を指摘するだけではそれが現に持っている現実的な諸力を無効化することにはならない。ネーションは近代国家を支える四本の足なのであり、それが提供する神話によって人々は団結されている─物語以外を通じて人々が団結することはできないのだ。

だから吾々は、日本についての語りをはじめなければならない─この点は、「日本について」という記事でも一度書いた。パルタ・チャタジーがインドで取った戦略を適用することはこの島国においては不可能だが、某かのオルタナティブな戦略を考えださなければならない。

ただ、現在は、冥福を祈るのみである。

サルは搾取されているのか?

タイのココナツ産業ではサルが奴隷的労働を強いられているという報道が見られる。わたしは実際にフィールドワークを行ったわけではないので一次的な観察はできていないが、ハワイ大学の人類学教授、レスリー・スポンセルの意見を載せておこうと思う。スポンセルは実際にタイ南部で人類学的フィールドワークを行っており、サルと人間の間の関係性に関して論文を出しているようだ:

2002 “Monkey Business? The Conservation Implications of Macaque Ethnoprimatology in Southern Thailand,” (with Nukul Ruttanadakul and Poranee Natadecha-Sponsel) Primates Face to Face: The Conservation Implications of Human-Nonhuman Primate Interconnections, Agustin Fuentes and Linda Wolfe, eds., New York, NY: Cambridge University Press, pp. 288-309.

2004 “Coconut-Picking Macaques in Southern Thailand: Economic, Cultural and Ecological Aspects” (with Poranee Natadecha-Sponsel and Nukul Ruttanadakul) Wildlife in Asia: Cultural Perspectives, John Knight, ed. New York, NY: Routledge/Curzon, pp. 112-128.

スポンセルは、NPRの取材に応じてこう語っている:「わたしたちがタイ南部にいた間、サルに対する虐待や搾取を目にすることは一度もありませんでした。サルはペットに非常に近いもので、幾つかの家では既に家族の一員とまでなっていました。若い猿は訓練され、首輪がつけられ、仕事をしていない時はシェルターに入れられます。彼らは餌と水を与えられ、風呂に入れられ、毛並みを整えられるなど、様々なケアを施されます。ココナツのプランテーションでは、しばしばモーターバイクやカートの後ろに座っているのが見られます。もちろんこれは虐待が全く無いということではありませんが、わたしは家族を助け、生き延びようとする貧しい農民たちを尊敬しています。」

よく訓練されたサルは、1日に平均して1000個のココナツを拾うことができるという。聞いた話だが人間は80個らしいので、労働効率は大きく違うようだ。

原文は What’s Funny About The Business Of Monkeys Picking Coconuts? – NPR で読むことができる。

米国勤務雑感

米国カリフォルニア州に移動して九ヶ月ほど経過し、色々とわかってきたこともあるので、雑感をまとめておく。

わたしは基本的には同一の会社内で、東京支社から本社へと移動した。東京支社では同僚のほとんどが日本人であり、労働現場での共通言語は日本語であった。当然ながら米国ではそのようなことはなく、ずっと英語である。そのためか多少英語が上達したと思う。以前はある話題について何を発現するか事前に脳内を整理し、処理しておかなくてはいけなかったが、現在では多少なら思考しつつ発話することが可能になった。

労働はしやすい。大変風通しのよいチームで、自宅勤務 (WFH) も必要に応じてすることができる。日本では勤務態度について厳しいコメントをされることもあったが、米国では比較的まじめに職場に来ている方であると思う。これはもちろん、企業、さらにはチームによるであろうから、一般化はできない。私の場合には、ということである。

大変興味深い住宅事情や、地形・気候などの地理学的洞察についても書きたいが、トピックをあえてひとつに絞るならば、「どのような人間として評価されるか」ということが大変に変わった、ということを特筆すべきであろう。

わたしが務めている会社では、ピア・レビューといって、共に働く同僚に「この人間はこの点がよく、改善点はこうである」、などといったフィードバックをお願いする制度がある。その際に偉えるフィードバックは、第一には自己にとっての最適化目標を提示するものなのだが、他方ではその職場環境がどのようなものであるかについての知見を提供してくれる。日本では、わたしが得られるフィードバックの大半は、「論理的なところがよい。コミュニケーションのとりかたをより改善すべき」というものであり、同じような意見を得ることをある程度期待していたのだが、米国で得られたものは全く異なるものであった─同僚の大半が、わたしを「実行力があるところがよい」と評価し、「論理的」、あるいはそれに類した評価を下した人間は一人もいなかったのである。そのような意見は、日本滞在時には見られないものであった。

特に仕事のスタイルを大幅に変えたという自覚はない。当然ながら環境に影響されて無自覚的に行動パターンは変化しうるのであるが、これはどちらかと言うと、そのチーム、職場の環境がどのようなものであるか、そこで何が望ましい、あるいは望ましくない行動として捉えられているか、という認知の構造を表しているものであるかのように思われる。

同一の会社内でオフィス間を移動するだけで大きな変化が見られるということは、多国籍企業を経営していくということの困難さを端的に表している。特にいわゆる「外資系」企業においては、本社が重要視する文化や価値観というものを、いかにして他国で醸成してくか、という大きな課題があるように思われる。当然ながら、それを諦め、現地流の経営に任せる、というやり方もひとつの解ではあるのだが、支社内で何が起こっているかがブラックボックスになってしまう危険も伴う。この辺り、経営学などの分野においては既に先行研究がありそうだ。

結婚と個人の幸福とは関係がない

わたしも、日々Facebookなどで結婚の報告が見られる歳になり、巷の恋愛/結婚に関する意見なども読むようになった。婚姻をめぐる言説は非常に興味深いが、単に読むだけでなく、個人的意見を挟み、言説空間へと参画していくことも重要かと思われるので、書く。

しばしば見られる誤解だが、結婚と個人の幸福は関係がない。

社会制度としての婚姻は親族の、ひいては社会の再生産のためにあるのであって、個人を幸福にするためにあるのではない。多くの人間社会においては、結婚するか否かということのみならず、誰と結婚するか、ということまで、個人の意志とは関係なく決定される。結婚、および再生産は義務であって、そこから逃れることはできないし、その相手も自由に決めることはできない。重要なのはその親族共同体に属する子供が生まれることであって、夫婦が幸せか否かというのは二次的な問題である。特定の相手との結婚が構造的に奨励される場合でなくても、特定の相手との結婚の禁止─いわゆるインセスト・タブー─は存在することがほとんどである。

個人的自由の尊重は近代の画期的な発明であって、個人的幸福及び自由への権利、という発想が導入されることによってはじめて、不幸な結婚を回避することができ、構造的に決定される結婚相手から逃れることができる。

「運命の相手と結婚する事こそが幸福である」という信条は、このような時代にあって、再生産への親族的要請と、個人的幸福の希求の「イイトコどり」をすることができる、みごとな折衷案である。婚姻相手は自由に決定することができるが、結婚はしなければならない、というわけだ。少なくとも日本における近代的結婚は、このようなものとしてイメージされてきた。

けれどもこのような信条はより個人主義が優勢になるにともなって支持することがますます難しくなってきている。当然ながら、婚姻自体を幸福としない人間もまた存在するからである。義務としての婚姻、という論点を出さずに、個人的幸福の最終形としての婚姻、という議論だけを維持することはできない。

一方で、人間のクローン技術が完全でなく、また人間を成年にまで育てるには少なく見積もっても16年ほどかかる以上、社会の再生産は親族単位で行われなければならない。成長する過程でひとりひとりに手厚いケアを与える制度を親族なしに整えることは非常に難しい。もちろん、たとえばSF漫画「地球へ…」で描かれたような体制を実現することは、将来的には可能になるかもしれない。しかし、我々人類にはさしあたって婚姻が必要なのだ。

問題は、個人的自由と、再生産の必要性とをいかにしてバランスさせるか、ということである。「結婚こそが個人的幸福である」という信条はその一つの解であったけれども、それが唯一の解であるわけではない。他の解を導くことは、政治哲学者だけでなく、我々一人一人がなさなければならないことであろう。

観るという関係

どのような関係であっても、関係性を結ぶということはお互いに自らを変質させるということである。社会的存在としての人間は他者との関係性から独立しては存在できない、というよりもむしろ、そのような関係性の総体そのものとして存在している。

それは「観測」という関係においても同様である。人間の行動や社会を対象とする学問の難しいところはまさにこの点にある。フィールドワークを通じて研究主体および対象は不可避的に変容を迫られる。フィールドワークほど直接的ではなかったとしても、「観測する側」・「される側」という関係性のモードに入った瞬間、研究対象の行動は変容するのである(パノプティコンを思い出せ)。

人類学はフィールドワークをその主たる研究手法として採用したことによってこのアポリアを最も苛烈に経験した学問であるといえるだろう。逆に、それ意外の学問では、このアポリアが十分に反省されないまま実験と観測を繰り返してきた点が否めないフィールドもある。

観るということはソクラテスの昔から理論構築の最も基礎的な段階であるけれども、その行為そのものがしばしば権力性を帯び、非対称の関係性を作り出し、結果として観られたものを変質させるということを、人間行動および社会の理解に従事するものは心に刻んでおきべきだろう。

欧州議会選について思うこと

欧州議会選が行われ、フランスの国民戦線 (Front National) やイギリスの連合王国独立党 (UK Independence Party) — いつから連合王国は独立でなくなったのだ? — が躍進したという。

まあ、そうだろうな、と思う。フランスで国民戦線が支持を伸ばしていることは今年前半に行われた地方選挙で明らかであった。イギリスにおいても、移民の受け入れ — 特に問題とされているのはヨーロッパからの移民だ — と多文化主義政策のバックラッシュとして、独立党は労働者を含む層から急速に支持を伸ばしている。スウェーデンだって、オランダだって、欧州連合に加盟してはいないがスイスだって、どこもナショナリスティックな気分が高まっていることは世界的に同じだ。もちろん、日本でも。

「ヨーロッパ市民」という幻想は、結局、今のところは、より強いリアリティを持って迫ってくる「ネーション」という想像の共同体を挿げ替えることができていない。どっちにしろ幻想であることは変わらないのだが、ネーション=ステートという制度的枠組みによって絶えず再生産を行うことができる点が大きく違う。ヨーロッパ、という地政学的想像は、未だ共同体としての同一性を持ちうる程の強靭さを持ち合わせていないのである。

それを何とかするのが憲法パトリオティズムであったはずだが、そもそも「前-理論的」に植え付けられる共同体の想像を、ガチガチの理性的な枠組みによって支えようということに袋小路がある。もちろんリベラル・ナショナリズムは現状をただ追認し変革を生み出す力を全く持たない、規範的には出来損ないの理論だが、かと言って憲法パトリオティズムが現状を変革する力を持つかといえば、否、という気がしている。

共同体を現実的に想像させるために必要なのは理論ではなく政治的行為なのである。それを構成的と呼んでもよいし神話的と呼んでもよいが、その指示内容は変わらない。問題は、それをいかにして、誰が行うか、ということである。

「日本を取り戻す」

安倍自民党は前回の総選挙に際して「日本を取り戻す」なるスローガンを編み出し、「誰からどのようにして取り戻すというのか」という批判を買ったが、誰よりもこのスローガンを叫ぶべきは、右翼の側ではなく左翼の側であると感じる。

今日、「日本」を主題とする物語は右翼の側によって専有されすぎている。この点については以前も長い文章を書いた。ネーションを主体とする物語を解体し超越せんとする試みは最終的には失敗に終わったように思う。我々は今でも国民国家を生きており、ネーションに関わる物語を何らかの形で語らねばならない。問題は、その際に有効な言説が左翼の側に非常に乏しいということである。

これは「敗戦後論」に関わる加藤典洋と高橋哲哉の論争に、そして究極的には、戦死者たちをどう弔うかという問題へと関わっている。亡霊たちの供養が終わるまで、戦は終わらないのだ。

科学とは、科学教育とはなにか

ちきりん氏の科学教育論が炎上している。彼女は、下から7割の人のための理科&算数教育 – Chikirinの日記 の中で以下のように書いた。

数学や理科に関しては、全体の3割程度の生徒が学べばよい(ちきりんを含め、下から7割の人は学ぶ必要がない)と思ってます。

全員に与えるべきは、技術者や研究者になるための専門教育ではなく、生活者として自己決定ができ、健全に安全に生きていけるようになるための科学リテラシー…だ

これに対して、ちきりん氏のお粗末な科学教育論 – バッタもん日記 で以下のような反論があった。

子供の適性など誰にもわかりません。「どうせ理解できないから理科教育は必要最低限でいい」などと称して子供の可能性を狭めることはあってはならないことです。

「科学」や「科学的思考法」は様々な定義が考えられると思いますが、「なぜ」「どのように」を考えることが候補として挙げられると思います。…「インターネットで検索すればすぐわかるから学校で教える必要はない」とは、あまりに浅薄な言い草です。この理屈に従うと、学校で教えるべきことは何もありません。

この議論に関して、どのように考えるべきか。

科学と科学教育

まず、id:locust0138 氏が書いているように、以下のことが理解されるべきである。

  • 科学とは単に「既に発見された真理の集積」ではない
  • 科学教育とは単に「既に発見された真理の集積を教え、覚えさせること」ではない

では、それは一体何なのか。少し考えてみよう。

科学とはなにか

「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で一般にも知られる物理学者リチャード・P・ファインマンは、あるインタビューの中で、社会科学は「疑似科学だ」と語っている。それは、社会科学が未だに何らかの「法則」を導き出すことに失敗しているからである。将来的には、彼らはそれを発見することができるのかもしれない─とファインマンはいう─が、少なくともインタビューが行われた時点においては、それは科学の「形式」を模倣してはいるが、未だに科学的な厳密性を獲得することができていない。

これは正しいと思う。わたしの浅薄な理解では、科学とは、「データによって裏打ちされた仮説の体系」である。 ((この定義では、しかし、数学は科学ではなくなるような気がする。内的な論理だけで足りるもんな。あとコンピュータ科学は科学なのか、とか。工学ってそもそも、とか… まあ、それは別によいのではないか。科学以外にも真理に到達する方法はある。))

科学の持つテーゼは単に仮説にすぎないから、真理ではない。それらは原理的にいつでも覆される可能性を持つ。昨日行われた実験が仮説の正しさを支持しているとしても、明日行われる実験で異なるデータが出るかもしれない。ひょっとしたらそこには新たに付け加えられるべき限定が存在するのかもしれないし、単に昨日までの実験データは全くの偶然から仮説に好意的なものだったのかもしれない。

だが、過去のデータがある仮説を支持していたとして、それを支持しないデータが出てきた際には、その新しいデータが間違っているという可能性を考えるべきである。だから、新しいデータが間違っていないということを確認してから仮説の再検証に入るべきだ。

そのようにして、時として砂を噛むようなプロセスを経て、科学者は「この仮説は正しいと思われる、なぜなら」という語りを始めることができる。それはもちろん、将来的には覆るかもしれない、暫定的な、真理のようなものにすぎないわけだが。

経済学や政治科学を筆頭とする社会科学は、まだそのレベルには達していない。それが人間の行動を取り扱うという性質からして、ある仮説を検証するためのデータを生成することがまず非常に困難であるし、仮に信頼性のあるデータを得られたとしても、それが支持する仮説が、「人間社会全般」を論ずるために十分に普遍化されたものであるとは言いがたい。もちろんそれを達成するために頑張っている人々がいるわけだが、詳細には論じない多くの問題によって、それは未完のプロジェクト ((No pun intended, by the way.)) になっている。また、いわゆる人文学はそもそも科学である必要がない。計量的な形でデータを取ってくることができない、あるいは意味がないからである。

科学教育とはなにか

科学が「実験データによって裏打ちされた仮説の体系」であるとすれば、科学教育とは、「現在データによって支持されている仮説を検証する能力と、その体系に基づいて新しい仮説を立てていく能力を身につける」ことを目標とするべきである。

このような言い換えを行ってみると─実のところ、これはどのような人間にとっても必要な能力なのではあるまいか?例えば自分の会社の商品を購入しているのがどのような人間集団であるのかについての仮説とその検証は、ずいぶんこの科学教育の成果が役立ちそうである。

学びとはなにか

もうひとつ、学びに関していえば、まだ学んでいないものの価値を学ぶ前から知ることはできない、という点も指摘しておきたい。

手っ取り早く同意を得ることができそうな Steve Jobs の例を出しておこう。

彼はスタンフォード大学の 2005 年度卒業式スピーチでこう語った。

リード大学では、当時、ひょっとするとアメリカで最高のカリグラフィに関する講座を提供していた。… わたしはそこで、セリフとサンセリフの字体について、複数の字が複合する際に空白の量が異なることについて、そして何がタイポグラフィを素晴らしいものにするかについて学んだ。 …

これらのことはわたしの人生において何ら実際上の意味を持たなかったし、持つこともないであろうと思われた。しかし十年後、わたしたちが最初の Macintosh コンピュータを作っていた時、ひらめいたのだ。わたしがリード大学のカリグラフィ講座で学んだことは、すべて Mac へと注がれた。それは、美しいタイポグラフィを持つ最初のコンピュータだった。わたしがあの大学のあの講座に顔を出していなければ、Mac は複数の書体を持つこともなければ、可変幅のフォントも入っていなかっただろう。

まあ、そういうことだ。 ((眠くなってきたのでとりあえずここで筆を置いて公開してしまう。))

ちなみに id:locust0138 氏は「日本が疑似科学天国だ」という点を嘆いているが、個人的に日本は他の社会に比べてはるかにマシであると思う。アメリカの 1/3 が進化論に否定的と言うのはガチなのだぞ。 ((まあ、進化論は科学か、みたいな論争もあるけど。))

千鳥ヶ淵戦没者墓苑に行ってきた

2013年10月、真夏のような暑さの土曜日。千鳥ヶ淵戦没者墓苑を訪れた。

表の石碑

表の石碑

この墓苑は国営であり、第二次大戦の海外戦没者およそ250万人の遺骨が納められている。

海外戦没者が眠っていることが記されている

海外戦没者が眠っていることが記されている

靖国神社からは歩いて数分の近さである。土曜日だったが、人はほぼいなかった。

中央献花台

中央献花台

もっと早く書くつもりだったのだが、この施設について、いかに、何を語って良いものか、いまいちわからない。気の利いたことを書こうと思いながら、記事の公開ボタンを押せずにいた。

とりあえず一旦、写真をアップするだけにしておく。第二次世界大戦の戦没者に対して、いかにして向き合うべきか、という問題には、またの機会に詳しく触れてみたいと思う。それこそが、日本の戦後社会の根幹にある問題であるように、わたしには思えるからだ。

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