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「NHK 経営委員、南京大虐殺を否定」を BBC が報じる

まったく意外性のない話だが、さらっと訳す。BBC News – Governor of Japan broadcaster NHK denies Nanjing massacre である。

[追記]: The Guardian は、Japanese broadcaster’s board member praised ritual suicide of rightwinger と題して、百田氏の発言にも触れながら、長谷川三千子氏による右翼活動家の自殺を礼賛する追悼文を報道している。


NHK 経営委員、南京大虐殺を否定

日本の公営放送である NHK の経営委員が、南京大虐殺を否定。NHK 会長の従軍慰安婦をめぐる発言も記憶に新しい。

この発言は、百田尚樹氏によって、東京都知事選挙に出馬した右翼候補を支持する演説の中でなされた。

百田氏は著名な小説家で、12人いる NHK 経営委員の一人。昨年末、安倍晋三首相によって選出された。

朝日新聞によれば、百田氏は、「1938年に蒋介石が「日本軍が南京大虐殺をした」とやたら宣伝したが、世界の国は無視した。なぜか。そんなことはなかったからだ」と述べた。

戦争において虐殺はどちらの陣営によっても行われており、そのようなことを日本の子供らに教える必要はない、と彼は続けたという。

同新聞によれば、この発言は2月3日、東京での街頭演説中になされた。

この報告について、日本の菅義偉官房長官は、「報告は聞いているが、(個人的な意見の表明は)放送法に違反しない」と述べ、政府としてのコメントを避けた。

放送法は、政党の役員が経営委員になることを禁止しているが、党員に関してはこの限りではなく、他の政治的活動に対する制限もない。

百田氏の発言は、籾井勝人新 NHK 会長が、日本軍による慰安婦の利用は戦時中どの国でも行われていた、と発言した数日後になされた。

会長は「そういった女性は戦争をしている度の国にもいたし、フランスやドイツもそうだ」と述べ、国際的な怒りに関して「不思議だ」のコメントした。

その後彼は謝罪し、「ルールに関する理解を欠いていた。私の思慮不足で、あのようなコメントをしたことは大変不適切だった」と言った。

中国は、1937〜8年の冬に日本軍が南京入りしてから、およそ30万人の市民と兵士が殺害されたと主張。日本の歴史学者の中には、この数字に関して論争を行なっているものもいる。


日本の右傾化はどこまで行くのか。

ヘーゲル国務長官と小野寺防衛大臣の電話会談に関する声明全訳

以下は、Readout of Secretary Hagel’s call with Japan’s minister of Defense Itsunori Onodera の全訳である。これは、NHK が「米国防長官「日本は周辺国と関係改善を」」として取り上げている。


国防総省報道官ジョン・カービー海軍少将は以下の声明を発表した:

「今朝、チャック・ヘーゲル国務長官は、小野寺五典防衛大臣と電話で会談し、沖縄における米軍再編成のために必要不可欠である、キャンプ・シュワブ=辺野古岬における普天間基地移設先施設建設のための埋め立て要求認可を実現させるための日本国政府の努力に対して感謝の意を示した。

また彼は、米国と日本の間で最近結ばれた、環境保全問題に関して日米地位協定を補足するフレームワークの形成へ向けた交渉を行う合意の重要性に触れた。

ヘーゲル長官と小野寺大臣は、2013年10月3日の2+2宣言で明言された同盟のイニシアチブの実装に関する議論を行った。これには、日本での第二の TPY-2 ミサイル防衛レーダーの配備、および透明なプロセスの重要性が合意された日米ガイドラインの前向きな改定が含まれる。

ヘーゲル長官は、日本がその隣国との関係改善、および地域的平和と安定という共通の目標編向けた協力の促進のために努力することの重要性を強調した。ヘーゲル長官は、21世紀における安全保障上の挑戦に見合うかたちで同盟を強化していくための二者協議が継続していくことを楽しみにしている、と述べた。」

米国の “Disappointed” はどれくらいの事態か

いくらか議論に混乱が見られたので、意味を明らかにする。

12 月 26 日の安倍総理による靖国神社参拝を受け、米国大使館はすぐに批判的声明を発表。その中で以下の表現が使われた。

the United States is disappointed that Japan’s leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan’s neighbors.

disappointed は大使館による公式の訳では「失望」という言葉が当てられた。かなり強い表現であるといえるだろう。しかし、以下のように論ずる記事も現れている。

disappointedってのはね、ツーカー同士が思った通りに動いてくれない時に発生する言葉で、信頼関係が以前からあって今も継続していないと使えないし、コンビ解消レベルのdespairとは違うのよ。

これは真実か。あるいは、そもそもこの disappointed という用語は、大使館によってどのような場合に使われるものなのか。

検証は容易である。"disappointed" site:usembassy.gov で検索せよ。

最初にヒットするのは最も近く発表された日本に対する声明であるが、二番目に来るのはロシアのミサイル計画に関するものである。

The United States is disappointed that Russia plans to deploy short-range missiles near the border with Poland and Lithuania, a State Department official says.

米国は、ロシアがポーランドとリトアニアの国境付近で短距離弾道ミサイルを配置することに対して失望 disappointment を表している。

他の用例としては、中国における人権をめぐる状況が 2003 年に悪化したことをめぐる声明や、ボスニアにおける改憲運動の失敗をめぐる声明がある。

ここから言えることは、他国政府の行動が、もともと米国が希望し、行動を起こしてきた方向とは異なるものであった場合に disappointed が利用されているということである。当該国と米国が「ツーカー関係」であるかに関係なく、あるアウトカムが米国の考える正義と期待に沿わなかったものである場合に使用されるのである。

さらに言えば、先程挙げた国のリストからもわかるように、通常は、この用語は第一級の同盟国に対しては利用されていない。例えば次のドイツに関するコンドリーザ・ライス元国務長官の声明を見てみよう。

QUESTION: Were the people of America disappointed because of Germany’s opposition to the war against Iraq?

SECRETARY RICE: Well, it is always hard when friends disagree and it is hard on people in both countries. But the good thing is that the foundation of our relationship, our values, are so strong that the relationship has re-emerged strong and vibrant and ready to look forward. It does not mean that there won’t be differences in the future, but I do hope that we can always start from the basis from what it is that we have to do together. If we disagree about tactics, that’s fine. But our goals should never be in question.

さっと訳す。

質問: アメリカの人々は、ドイツのイラク戦争に対する反対に関して失望しましたか。

ライス長官: まあ、友人の間で意見の相違が見られるときはいつも大変ですし、両国の人々にとってもそうです。しかし良い点は、我々の関係の基礎となる価値観の強さによって、我々の関係は再度強く、活気に満ちたものとしてあらわれ、未来を向いているということです。これは未来には相違が存在しないということではありませんが、私の希望は、我々が何をしなければならないかということについて、常に基本から共に始めることができるだろうということです。戦術に関しての意見の相違は問題ありません。ただ、目的は疑問符を付けられるべきではありません。

イラク戦争は米国の考える正義に合致したものであり、それに対するドイツの明確な反対は(質問が示唆するように)失望 disappointment を引き起こしても不思議ではないものであった。にもかかわらずライスはここで、「ゴールが共有されているのであれば、戦術に関して多少意見の相違が出ることは問題ない」という言い方で、事実上ドイツの反対を受け入れているのである。

筆者は他にも、イギリスやフランス、オーストラリアなどに関して失望を表している声明を探してみたが、うまく見つけることはできなかった。(追記:イギリスに関しては1件見つけた。末尾に追加してある。)

同盟国に対して米国が失望 disappointment を表明することは異例である。通常この用語は、ロシアや中国など、明確に敵対することは避けたいが、批判はしなければならないような国家に対して利用されている。だからこそ今声明は、最初に「日本は米国にとって同盟国である」ことを主張し、フォローを行っているのだ。

明確な敵国に対しては condemn が利用される。北朝鮮のミサイル発射ビルマのアウンサンスーチーに対する自宅拘禁刑宣告などである。ほぼありえないが、さらなるナショナリズムの高まりによってこのような言葉が声明に現れることだけは避けなければならない。

ちなみに大使館による声明で despair が他国の行動を咎めるために利用した例を見つけることはできなかった。


追記: イギリスに対するものを1件、カナダに対するものを1件見つけた。

どちらも米国にとってクリティカルなイシューに関するものだ。アメリカはとうもろこしの最大の生産・輸出国であり、その利権を守ることは米国農業にとって非常に大きな意味を持つ。また、ゲイリー・マッキノンは「史上最大の軍事システムハッカー」であり、NASA のシステムにクラッキングし続けた彼を裁くことは米国にとって非常に大きな関心であった。


追記2: 複数の方からイスラエルに対するものもあるという指摘を受けた。声明は Clinton, Prime Minister Fayyad on Aid to Palestinian Authority の中で、ヒラリー・クリントン国務長官の弁による。これはイスラエルが「東エルサレムのセンシティブな地域で新しい住宅の建設を予定していること」に対するものである。詳しくは本記事のふむ。氏によるコメントを参照していただきたいが、これは米国だけではなく関係各国の調停に対する努力を無視するもので、deeply disappointed というより強い表現になっている。また、日本外務省も批判的な談話を発表している。

左翼にはもう共産党しか残されていないのか

既に幾度も語られていることだが、日曜日の参院選は自民党に勝利を、民主党に敗北を、そして共産党に躍進をもたらした。衆参のねじれは解消され、いわゆるアベノミクス路線は国民によって承認されたように見える。そういった流れの中で、共産党が11(沖縄大衆社会党と合わせれば12)議席を確保し、院内交渉会派となるための条件である10議席を上回り、議案提案権を獲得したことは何を意味するのか。

第一に考えられるのは、もちろん、低投票率の結果としてよく組織化された政党が健闘した、ということである。全国的に支持団体が広がる公明党もよい成績を残している。また、自民党を概ね好ましく思っているが、憲法改正などのイシューについてはその主張を飲み込み難い人々が、いわゆるバッファー・プレイヤーとして共産党に投票した、という事もあるだろう。

しかし、より大きなポイントとして、このトレンドが東京都議会選挙から続いていることを考えれば、「左翼あるいはリベラルな人々にとって、投票の対象となる政党が共産党しかなくなりつつある」ということがあるのではないかと思う。、社民党や生活の党などは政党として存続していくために必要な安定的な支持基盤を確保することができていないし、また民主党は必ずしもリベラルな政策を推し進めているわけではない上、政権党としての失態を経て既に信用を失っている。その中で、共産党だけが唯一、自民党の現実的なオルタナティブとして存在しえているように見える。

共産主義革命路線を放棄し、議会民主主義及び資本主義の中での漸次的改良を党是にした今、日本共産党はどちらかと言えば社会民主主義政党としての色をより濃くしている。一党独裁、暴力革命など、「共産主義」という言葉に付随するイメージを払拭していくことが出来れば、継続的に支持を拡大し、第三党として安定することができるかもしれない。驚きである。

参考

ナショナリズム研究の未来

テッサ・モーリス=スズキが Japan Focus に寄稿した「安部ナショナリズムの再ブランド化(英語)」によれば、ケヴィン・ドークなる米ジョージタウン大学教授は安倍晋三のナショナリズムを高く評価しているという。

ドークは、ナショナリズムを「市民的 civic」な形態と「民族的 ethnic」な形態の二種類に弁別し、安倍のそれは市民的であって、弁護されるべきナショナリズムである、としているようだ。

モーリス=スズキも指摘しているように、このような二分法はすでに数多くの論者によって批判されてきた。ナショナリズムはひとつの現象として捉えられるべきものであって、それがどのような形態で発露するかは二次的な問題にすぎない。市民的に見えていたナショナリズムが、ある日突如として特定の民族への憎悪を語りだすのはそう珍しいことではない。それは表層的には異なるもののように見えるが、より深いところでは同一の機制によって働いているものなのだ、ヤヌスの二つの顔のように。

一方で、だからといって、ナショナリズムを全面的に否定する訳にはいかない。それは近代において曲がりなりにもデモクラシーというものを成立させた要因の一つなのだ。ナショナリスティックな動員というものは、軍事的に利用されたならば恐ろしい暴力を生み出すが、我々はそれなしでは市民が選挙という面倒なプロセスへとコミットすることの意味付けを満足に行えないのである。

我々の課題は二段階的である。すなわち、

  • ナショナリズムの発生し作動する内的機制を理解し、その諸形態を説明付け、
  • 適宜各国のナショナリズムを制御し、暴走を阻止すること。

これら二つの課題に向きあって初めて、ナショナリズム研究というものに意味があるということができる。

この意味で、現在のナショナリズム研究はまだ発展途上である。ベネディクト・アンダーソン『想像の共同体』やエリック・ホブズボーム『ナショナリズムの歴史と現在』などは重要な著作だが、それは歴史的現象としてのナショナリズムを取り扱うことに専ら注力しており、その内的機制をきちんと問うところには至っていないとわたしは考えている。アーネスト・ゲルナーの理論については、ここのところ、再検討の余地があるのではないかという気もしているが、まだそこまでしっかりと読み込むには至っていないのが現状だ。

無責任の体系と「神輿・役人・無法者」

福島第一原発をめぐる混乱はますます拡大し、もはやこれは敗戦であるという論調が目立ってくる。時代は反原発、そもそも原発をこんなに大量に設置するにいたった責任を誰が負うのかという問題意識から政府や東電に対する批判は強まる一方だ。確かに事態は敗戦後の様相を呈し、丸山眞男の「無責任の体系」が頭をかすめるばかりである。ちょうどよい機会だから、この理論とは一体何だったのかということをおさらいしておこう。

丸山眞男。1914年生まれ、1996年没。戦後最大の政治学者と言って差し支えないだろう。1946年、「超国家主義の論理と心理」を新刊雑誌「世界」に発表。一躍名を広める。専攻は日本思想史だが、日本ファシズムを論じた著作群もまた有名である。

さて、「無責任の体系」ということばは実のところ「論理と心理」には登場しない。そこで論じられているのはあくまで超国家主義における体系、すなわち中心に存する天皇からの距離において決定される臣民の歴史性と、天皇自身が一体化している「無限の古に遡る伝統の権威」から染み出す無限の価値、これであり、時空間理解を含む世界像こそが問題となっているのである。ここでは無責任の体系論の萌芽は見えれども明確な定式化は未だ無い。

「無責任の体系」という概念がヨリ意識的に定式化されるのは「軍国支配者の精神形態」においてである。この論文は、東京裁判における東條ら指導者層の供述から、「日本の戦争機構に内在したエトスを抽出しよう」とするものであり、ナチスとの比較において日本ファシズムの「矮小性」を指摘する構図となっている。

そこに登場する政治的人間像は三種類。第一は「神輿」。第二は「役人」。第三は「無法者」である。全引用する。

神輿は「権威」を、役人は「権力」を、浪人は「暴力」をそれぞれ代表する。国家秩序における地位と合法的権力から言えば「神輿」は最上に位し、「無法者」は最下位に位置する。しかしこの体系の行動の端緒は最下位の「無法者」から発して漸次上昇する。「神輿」はしばしば単なるロボットであり、「無為にして化する」。「神輿」を直接「擁」して実権をふるうのは文武の役人であり、彼らは「神輿」から下降する正統性を権力の基礎として無力な人民を支配するが、他方無法者に対してはどこかしっぽを捕まえられていて引き回される。しかし無法者ものべつに本気で「権力への意志」を持っているのではない。彼らはただ下にいて無責任に暴れて世間を驚かせ快哉を叫べば満足するのである。だから彼の政治的熱情は容易く待合的享楽のなかに溶け込んでしまう。むろんこの三つの類型は固定的なものでないし、具体的には一人の人間の中にこのうちの二つ乃至三つが混在している場合が多い。だから嘗ての無法者も「出世」すればヨリ小役人的にしたがってヨリ「穏健」になり、さらに出世すれば神輿的存在として逆に担がれるようになる。しかもある人間は上に対しては無法者として振る舞うが下に対しては「役人」として臨み、他の人間は下からは「神輿」として担がれているが上に対してはまた忠実小心な役人として使えるという風に、いわばアリストテレスの質量と形相のような相関関係を示して全体のヒエラルヒーを構成している。ただここで大事なことは、神輿─役人─無法者という形式的価値序列そのものは極めて強固であり、したがって、無法者は自らをヨリ「役人」的に、ないしは「神輿」的に変容することなくしては決して上位に昇進出来ないということであって、そこに無法者が無法者として国家権力を掌握したハーケンクロイツの王国との顕著な対象が存するのである。

これは昔々ある国に起こったお伽噺ではない。

ナチ指導者とは対照的に、日本の軍国指導者はみな口を揃えたように自らの無責任を主張した。彼らは無法者が先導して生成した「既成事実」へ「役人」として屈服し、「私の意見はどうあれども、いやしくも決定されたことに逆らうことはできぬ」として既定路線を突き進んだ上で、その官僚精神をもって「権限への逃避」を行い、「行われたことはすべて私の権限の管轄外である」としたのである。その矮小性は確かに明らかである。「土屋は青ざめ、古島は泣き、そうしてゲーリングは哄笑する」。

はてさて、我々は65年前の話をしていたはずであったが。

福島第一に数々の新たな脅威、とニューヨークタイムズ報じる

以下は、4月6日付のニューヨークタイムズ電子版記事、U.S. Sees Array of New Threats at Japan’s Nuclear Plant – NYTimes.com の全訳である。個人的な覚書として訳されたもので、その正確性を保証するものではない。もし何らかの誤訳や、改善すべき表現があれば、是非コメントを頂ければ幸いである。

06 April 2011, 13:36 (BST): 誤字を修正した。


日本の原発に数々の新たな脅威

日本における危機的状況に対応するために送られた米国政府所属のエンジニアたちは、福島原発は現在、恒久化しうる様々な新しい脅威に直面しており、そのうちのいくつかは発電所を安定させるための処置そのものの結果として増大する危険性がある、と警告している。米国原子力規制委員会によって準備された極秘の状況評価書類による。

3月26日付のこの書類に基づけば、これらの新しい脅威の中には、注入された放射性冷却水によって格納容器に高い圧力が加わり、今も続く東北地方太平洋沖地震の余震に対してより脆弱になってしまっていること、炉に注入された海水から発生する水素と酸素の放出によって格納容器内部での爆発の危険性があること、等が挙げられており、半ば融解した燃料棒と堆積した塩が炉心に注入されている冷却水を妨害している事態の詳細も記述されている。

ここ数日の間、作業員たちは核燃料の過熱を防ぐために取られた緊急対策の副作用とたたかうことを迫られている。放射性冷却水の漏れや、水につかって作業していた人員の被曝などがこれにあたる。この書類の存在を知る当局者とのインタビューからも、作業員の安全と炉の長期的安定性の復帰に対して冷却水が与える数々の障害を推し量ることができる。

この書類では将来における新たな爆発や余震による損害などについては触れられていないが、このいずれかが発生した場合、既に破損している炉のうち一つまたは複数の格納容器が破壊され、炉心からの重大な放射線の漏出が起こる可能性がある。冷却がうまくいかず、燃料の熱が冷やされないまま融け続ければ、長期にわたって融解状態が続く放射性物質が残されるかもしれない、と原子力の専門家の幾人かは指摘している。

ニューヨーク・タイムズによって入手された当該の書類は、日本政府高官によって既に提供された情報よりもヨリ詳細な技術的な現状把握が成されているが、それでも、日本政府によって米国人専門家に提供されたデータに多く依存しているようである。

ここでは、機能的な冷却システムが動作していない中で、冷却水を注入し続けることが果たして可能なのか、という疑問も投げかけられている。福島第一原発の安定状態を実現するためには、今後数ヶ月にわたって冷却を続けなければならないことが既に指摘されているが、燃料に対して水をかけ続けることが、原子力業界がようやく理解し始めた様々なリスクを発生させてしまうことに多くが気付き始めている。

また同書類によれば、炉の上に設定されている使用済み核燃料プールの一部が、爆発によって「最大で1マイル」上空まで飛散し、高濃度の放射性物質の一部が炉の間に横たわっており、おそらく作業員を保護するために撤去される必要があることも指摘している。初期の水素爆発のうちのいずれかで起こったであろうと見られる核物質の放出は、高濃度の放射性物質プールが、既に発表されている情報よりもはるかにダメージを受けている可能性があることを示唆している。

福島第一で使用されているゼネラル・エレクトリック社製の原子炉に精通する原子炉エンジニアで、現在 Union of Concerned Scientists の原子力安全プロジェクトを指揮する David A. Lochbaum は、書類で示唆された諸問題によって混沌としている状況の中では、対策の成功がさらに難しくなった、としている。

「既に樹海を出たとは行かなくとも、少なくともその外れには辿り着いていると思っていたが」と Lochbaum 氏は言う。「この情報があると話は違う。状況はもっと悪いようだ。何かがうまくいかなければ、ヨリ大きな損害が与えられるかもしれない。」彼は当該書類の作成には関わっていない。

原子力規制委員会によって提示された解決策の中には、格納容器に対する不活性ガスである窒素の注入によって酸素と水素の反応を防ぐことや、冷却水に硼素を注入し続けることによって再臨界を防ぐことが含まれている。

それでも、再臨界が即座に起こる危険性があるとは考えられていないようである。電力研究所(Electric Power Research Institute)の原子力セクター副長官である Neil Wilmsthurst は、この書類の現状評価に関わっており、「再臨界が起こっていることを示唆するデータは一切見ていない」としている。

この書類は、日本政府及び東京電力を補助している当委員会の原子炉安全チームのために準備されたものである。それは日本及びアメリカの数々の組織から「手に入る最も新しいデータ」に依拠している、とされている。これらの組織の中には、日本原子力産業協会、米国エネルギー省、ゼネラル・エレクトリック社、電力研究所などが含まれている。

そこには福島第一原発の6つの原子炉それぞれの詳細な現状評価と、それに対して推奨される対策が含まれている。この現状評価をよく知る原子力専門家たちは、この書類が定期的にアップデートされているものの、総合的には、3月26日付の版が現在の思考を最もよく著している、としている。

それは1号機、2号機、そして3号機の損傷した炉心の状態に関する新しい詳細説明を含んでいる。冷却に利用された海水から発生する塩とこぼれ落ちた燃料が冷却水の配管をつまらせているため、1号機における水の流れは「ひどく制限されており、遮断されている可能性もある」。炉心の中では、「水位はゼロに近いと見られ」、その結果として、「燃料がどの程度冷却されているかを判断するのは非常に難しい」とされる。同様の問題は2号機と3号機にも見られるが、1号機と比べれば水の流れはよい、と書類は述べている。

塩の幾分かは冷却に利用されている水が海水から浄水へ変化したことで流されたかも知れない、と原子力の専門家は言う。

格納容器の内部における水位の上昇は燃料を浸して冷やすための一手段として説明されてきた。しかしこの書類では、「容器を水に浸す際、水圧が耐震性に及ぼす悪影響を考慮すべきだ」とされている。

水位が上昇すると、格納容器には膨大な水圧が加えられる。それが高ければ高いほど、大きな余震が襲った際に容器が崩れてしまう可能性もまた高まる。

ゼネラル・エレクトリック社の元原子炉設計者である Margaret Harding は、余震への警告として、「もしわたしが日本人なら、地震以降その構造的な統合性が調査されていない格納容器に対して何トンもの水を注入することには非常に警戒的になる」としている。

ほかにもこの書類では、高濃度の放射線が存在する環境における海水からの水素と酸素の放出によって発生する、鉄筋コンクリート製の格納容器内部の「有害な空気」についても注意を呼びかけている。

この災害の初期の段階で発生した水素爆発は、原子炉の建物をひどく損ない、格納容器に損害を与えた可能性があるものもある。この水素が発生したメカニズムには、核燃料の被覆が関与している。この書類では、これらの気体を容器から放出し、安定した窒素ガスで満たすことが肝要であるとされている。この機能は震災以降失われている。

炉心から出る放射線は水分子を2つに分割し、水素を発生させることができる、と原子力の専門家は言う。Wilmshurst 氏によれば、3・26書類後の計算によれば、生成された水素の量は少ないとされている。しかしノートルダム大学の物理学者である Jay A. LaVerne によれば、燃料棒の近くでは水素が発生している可能性があり、酸素と反応するかも知れない、という。「もしそうならば、燃料棒付近で爆発生の混合物が発生しているということになります」と LaVerne 氏はインタビューで発言した。

原子力エンジニアたちは、格納容器の外にある使用済み燃料棒プールが、溶融した炉心よりもさらに危険であるかも知れない、としてきた。これらのプールは原子炉の建物の上部に位置し、使用済みの核燃料を水に浸す役割を担っているが、その冷却システムは作動していない。

この事故の初期に起こった4号機の原子炉の燃料プールで発生した水素爆発が、多くの放射性物質を環境に放ったことを米国原子力規制委員会のレポートは示唆している。

専門家の危惧は、水素爆発によって屋根が破壊され、燃料プールの放射性物質が直接露出していることから来ている。一方、原子炉には頑丈な格納容器があり、炉心で燃料が溶融したとしても、放射線を外に漏出させない可能性がより高い。

多方面にわたる問題の複雑性を捉えて、「ジャグリングのプロでも、ボールが多すぎるとうまくいかないものです」と Lochbaum 氏は言った。「考慮すべきことが多すぎ、かつ、1つを間違えただけで、状況はぐんと悪くなるかも知れません」。

Henry Fountain contributed reporting from New York, and Matthew L. Wald from Washington.

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