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科学とは、科学教育とはなにか

ちきりん氏の科学教育論が炎上している。彼女は、下から7割の人のための理科&算数教育 – Chikirinの日記 の中で以下のように書いた。

数学や理科に関しては、全体の3割程度の生徒が学べばよい(ちきりんを含め、下から7割の人は学ぶ必要がない)と思ってます。

全員に与えるべきは、技術者や研究者になるための専門教育ではなく、生活者として自己決定ができ、健全に安全に生きていけるようになるための科学リテラシー…だ

これに対して、ちきりん氏のお粗末な科学教育論 – バッタもん日記 で以下のような反論があった。

子供の適性など誰にもわかりません。「どうせ理解できないから理科教育は必要最低限でいい」などと称して子供の可能性を狭めることはあってはならないことです。

「科学」や「科学的思考法」は様々な定義が考えられると思いますが、「なぜ」「どのように」を考えることが候補として挙げられると思います。…「インターネットで検索すればすぐわかるから学校で教える必要はない」とは、あまりに浅薄な言い草です。この理屈に従うと、学校で教えるべきことは何もありません。

この議論に関して、どのように考えるべきか。

科学と科学教育

まず、id:locust0138 氏が書いているように、以下のことが理解されるべきである。

  • 科学とは単に「既に発見された真理の集積」ではない
  • 科学教育とは単に「既に発見された真理の集積を教え、覚えさせること」ではない

では、それは一体何なのか。少し考えてみよう。

科学とはなにか

「ご冗談でしょう、ファインマンさん」で一般にも知られる物理学者リチャード・P・ファインマンは、あるインタビューの中で、社会科学は「疑似科学だ」と語っている。それは、社会科学が未だに何らかの「法則」を導き出すことに失敗しているからである。将来的には、彼らはそれを発見することができるのかもしれない─とファインマンはいう─が、少なくともインタビューが行われた時点においては、それは科学の「形式」を模倣してはいるが、未だに科学的な厳密性を獲得することができていない。

これは正しいと思う。わたしの浅薄な理解では、科学とは、「データによって裏打ちされた仮説の体系」である。 ((この定義では、しかし、数学は科学ではなくなるような気がする。内的な論理だけで足りるもんな。あとコンピュータ科学は科学なのか、とか。工学ってそもそも、とか… まあ、それは別によいのではないか。科学以外にも真理に到達する方法はある。))

科学の持つテーゼは単に仮説にすぎないから、真理ではない。それらは原理的にいつでも覆される可能性を持つ。昨日行われた実験が仮説の正しさを支持しているとしても、明日行われる実験で異なるデータが出るかもしれない。ひょっとしたらそこには新たに付け加えられるべき限定が存在するのかもしれないし、単に昨日までの実験データは全くの偶然から仮説に好意的なものだったのかもしれない。

だが、過去のデータがある仮説を支持していたとして、それを支持しないデータが出てきた際には、その新しいデータが間違っているという可能性を考えるべきである。だから、新しいデータが間違っていないということを確認してから仮説の再検証に入るべきだ。

そのようにして、時として砂を噛むようなプロセスを経て、科学者は「この仮説は正しいと思われる、なぜなら」という語りを始めることができる。それはもちろん、将来的には覆るかもしれない、暫定的な、真理のようなものにすぎないわけだが。

経済学や政治科学を筆頭とする社会科学は、まだそのレベルには達していない。それが人間の行動を取り扱うという性質からして、ある仮説を検証するためのデータを生成することがまず非常に困難であるし、仮に信頼性のあるデータを得られたとしても、それが支持する仮説が、「人間社会全般」を論ずるために十分に普遍化されたものであるとは言いがたい。もちろんそれを達成するために頑張っている人々がいるわけだが、詳細には論じない多くの問題によって、それは未完のプロジェクト ((No pun intended, by the way.)) になっている。また、いわゆる人文学はそもそも科学である必要がない。計量的な形でデータを取ってくることができない、あるいは意味がないからである。

科学教育とはなにか

科学が「実験データによって裏打ちされた仮説の体系」であるとすれば、科学教育とは、「現在データによって支持されている仮説を検証する能力と、その体系に基づいて新しい仮説を立てていく能力を身につける」ことを目標とするべきである。

このような言い換えを行ってみると─実のところ、これはどのような人間にとっても必要な能力なのではあるまいか?例えば自分の会社の商品を購入しているのがどのような人間集団であるのかについての仮説とその検証は、ずいぶんこの科学教育の成果が役立ちそうである。

学びとはなにか

もうひとつ、学びに関していえば、まだ学んでいないものの価値を学ぶ前から知ることはできない、という点も指摘しておきたい。

手っ取り早く同意を得ることができそうな Steve Jobs の例を出しておこう。

彼はスタンフォード大学の 2005 年度卒業式スピーチでこう語った。

リード大学では、当時、ひょっとするとアメリカで最高のカリグラフィに関する講座を提供していた。… わたしはそこで、セリフとサンセリフの字体について、複数の字が複合する際に空白の量が異なることについて、そして何がタイポグラフィを素晴らしいものにするかについて学んだ。 …

これらのことはわたしの人生において何ら実際上の意味を持たなかったし、持つこともないであろうと思われた。しかし十年後、わたしたちが最初の Macintosh コンピュータを作っていた時、ひらめいたのだ。わたしがリード大学のカリグラフィ講座で学んだことは、すべて Mac へと注がれた。それは、美しいタイポグラフィを持つ最初のコンピュータだった。わたしがあの大学のあの講座に顔を出していなければ、Mac は複数の書体を持つこともなければ、可変幅のフォントも入っていなかっただろう。

まあ、そういうことだ。 ((眠くなってきたのでとりあえずここで筆を置いて公開してしまう。))

ちなみに id:locust0138 氏は「日本が疑似科学天国だ」という点を嘆いているが、個人的に日本は他の社会に比べてはるかにマシであると思う。アメリカの 1/3 が進化論に否定的と言うのはガチなのだぞ。 ((まあ、進化論は科学か、みたいな論争もあるけど。))

耳の後ろの加齢臭

以前からおもしろく読んでいる中国嫁日記に、加齢臭の話が掲載されていた。井上氏によれば、耳の後ろをていねいに洗うことでかなりの程度加齢臭は抑えることができるという。しかし、それは何故なのか?

そもそも加齢臭というものは、加齢によって増加した皮脂中の脂肪酸が酸化・分解したことによって発生する2-ノネナールという物質が原因であるらしい。

人間の体臭には様々な成分が関わっている。ここで吾々は加齢による体臭の変化について研究した。26歳から75歳までの被験者の体臭をヘッドスペース・ガス・クロマトグラフ質量分析法によって分析した結果、脂のようなまたは草のような臭みのある2-ノネナールが40歳以上の被験者にのみ見つかることがわかった。さらに、皮表脂質の分析によって、ω-7不飽和脂肪酸および脂質過酸化物も加齢によって増加し、体臭内の2-ノネナールの量と皮表脂質中のω-7不飽和脂肪酸または脂質過酸化物の量に正の相関があることもわかった。2-ノネナールが生成されるのは、脂質過酸化物を酸化連鎖反応の開始剤として利用し、皮表脂質の主要な成分が酸化的に分解されるような減成試験によって、ω-7不飽和脂肪酸が減成された場合のみであった。これらの結果が示すことは、(a) 2-ノネナールはω-7不飽和脂肪酸の酸化的減成によって生成されること、(b) 加齢による体臭の変化に2-ノネナールが関与しているであろうこと、である。

(2-Nonenal Newly Found in Human Body Odor Tends to Increase with Aging 拙訳)

もしノネナールがω-7不飽和脂肪酸の分解によって発生するのであれば、とくに耳の後ろにω-7不飽和脂肪酸が多く含まれているということでない限り、耳の後ろを洗うことによる加齢臭の激減には繋がらないはずである。しかし現実にはこの療法の効果は高い。何故か?

考えられることはおそらく、「耳の後ろを洗うこと」が根本的な解決策なのではないということだ。重要なのは、「耳の後ろ洗うこと」なのではないか。日常生活を営む上で、耳の後ろは最も洗われない部位のひとつであるはずだ。他の主要な身体部位は、入浴の際に洗われてしまうが、耳の後ろや足の指の間といった部位は、洗われずに終わりやすい。髪を洗っていても、耳の後ろまできちんとこするという人はそういるわけではあるまい。洗われずにおくことによって最終的にそこで発生するノネナールの量が他の部位よりも多くなってしまうのだろう。

まとめる。加齢臭の対策は、耳の後ろのみ洗っていれば良いというわけではない。きちんと風呂に入り、まんべんなく体を洗うことこそが、加齢臭の根本的な対策なのだ。

しかし──人間であれば多少臭うのは当たり前、年を取ってくれば更にそうである。近代文明の中で生きる我々は、自らの排泄物をもう少し尊ぶことを学んでも良いのではないか。あまり過剰に反応されては、どうも困る。

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